cp24 [近衛隊改正案]②


 命令のような頼みを受け、口を開けて固まった二人のうち、先に声を出したのは小太郎だ。

「そう思うなら手伝えっつの!」

「おやまあ、ちょっとは頭を使っておくれよ。この怠け者の僕が、怠け者の隊員に「働け」とか言ってみたところで、なんの効果が出るっていうんだい」

「…う…確かに…」

 欠伸混じりの捲し立てにたじろいで、小太郎は押し黙る。対して定一は腕に頭を預けながら、彼にしてはすらすらと、聞き取りやすい言葉を並べた。

「だからねぇ、僕にはフォローくらいしかできないかなぁと思って、ここ数ヵ月頑張ってみたけど…一向に改善される気配がないでしょう?」

 疑問符に、隊長二人は反論出来ない。それすら見越していたのか、定一は欠伸を間にして再び口を開く。

「僕だってこの仕事は気に入っているし、命を張るだけあって他より給料もいいから、できれば移動せずに済ませたいところなんだよ。だけどねぇ、他人の尻拭いばかりしたり、仲間内のいざこざに巻き込まれたり、変な気を使わなきゃなんないくらいなら、平和でまったり安月給の部署に移った方がマシなの」

 目を閉じてうとうとしているにも関わらず、ハッキリした口調が小太郎を項垂れさせた。

「それをおれ等に言うかよ…」

「君らは好きでやってるんでしょう?そうでなくても引き受けたんだろうに。僕なら頼まれても金つまれても御免だから。じゃなきゃこんなところにいないよねぇ」

 確かに。一般的に褒められた事ではないかもしれないが、定一の発言は筋が通っている。だからこそ言い返せずに黙りこむ二人に、彼は短いため息を浴びせた。

「君らにならできそうだと思って言ってるんだ。僕に残って欲しいっていうなら、それこそ少しは頑張ってみてくんないかねぇ?」

 肩を竦め、いつものように眠そうな笑顔を浮かべる定一を、いつになく真面目な義希が呼ぶ。

「いっさん」

「んー?」

「いっさんだから言っとくけど」

 義希は前置いて、食べかけだった弁当の一部を飲み込んでから、頭の中でも整理されていない説明をはじめた。

「なんていうか…一応、対策は打ってあって…問題なければ明日辺りから動くと思うんだ」

 玉子焼きを箸で挟み、その渦を見据えながら彼は続ける。

「でも、効果があるかは分からないし…ほんと、なんもかんも手探りなんだけど…対応も間に合ってないんだけど…」

 食い付いた玉子焼きは甘かった。勢いで定一に向き直った義希は、甘さに任せて笑みを浮かべる。

「オレ達も頑張るからさ…その…もう少しだけ、時間くれないかな?」

「そうかい。分かったよ」

 困ったようなそれに、定一はすぐさま頷いて答えた。

 あまりの呆気なさに二人が呆然としていると、彼はどっこいしょと立ち上がりながら独り言のように呟く。

「どうにも、あの参謀は秘密主義らしいねぇ」

「そういうワケじゃないんだけど…色々あるんだ…マジで…」

「まあ、ギリギリまで君らに話さない理由は、なんとなく察してるつもりだけど」

 咄嗟の言い訳に頷きと含み笑いを返して、定一は扉に手を掛ける。

「この状況じゃあ無理もないが、頑張って貢献してるつもりの僕としては…もう少し信頼して欲しいものだね」

 振り向き気味に投げられた言葉を聞いた小太郎が、誤魔化すように素っ気なく返答した。

「伝えとく」

「そりゃどうも。ヨロシク言っておいておくれよ。ああ、くれぐれもお手柔らかにね」

 扉に隠れながら言い残し、定一は掌をはためかせる。それを最後に、彼の姿は見えなくなった。




 翌日の昼下がり。


 パトロール終えて駐屯地に帰ろうと大通りを歩いていた義希は、向かいからやってくる定一、帯斗ペアを見付けて手を挙げる。振り掛けた手は、買い出しの備品を抱える帯斗が体勢を崩した事で止まった。

 距離的に助けに走ることも出来ず、思わず目を閉じた義希をよそに、大通りには穏やかな空気が流れている。

「大丈夫ですか?」

 義希が目を開くと、紫の髪の細身の男が、帯斗の持つ荷物を横から支えていた。

「ああ、すんません…!」

 義希だけではなく、支えられた当人も相当驚いたらしい。慌てて姿勢を正して礼をする帯斗に頷いて、男は人混みに紛れた。義希が二人に駆け寄った時には既に姿は見えず。

「あの人…」

 人の流れの先を見据える義希の独り言を、定一が拾い上げた。

「うん。たまーに見掛けるねぇ」

「え…そうなん?」

 問い返すと、定一は進行を再開しながら答える。

「本当に時々ね。多分、この街の人じゃないんじゃないかねぇ」

「旅人ってこと?」

「どーだろうねぇ。そこまでは。でも…」

 定一は言葉を切ると、扉の前まで歩いてドアノブを掴んだ。

「ただ者じゃあないと思うよ?」

 駐屯地の扉が開くと、脇に積まれていたなにかが雪崩れる。

 散らかっていた室内を更にカオスに染めた紙やゴミの束に苦笑した義希がゴミ袋を取り出すのを、定一と帯斗、そして机から立ち上がった圓が手伝った。

 パトロール開始から随分時間が経っているのに、駐屯地にはパッと見圓の姿しかない。現状に複雑なため息を吐いた義希に続いて、喫煙室から顔を出した小太郎も床にため息を落とす。

「なーんでお前が一番に帰ってくんだよ…」

「そー言われても…」

「あの…僕の分も引き受けてくれてありがとうございました」

 圓が控え目ながらに割り込ませた台詞が、小太郎の言いたいところの全てだ。

「ただいまーす」

 怒鳴りかけた小太郎の勢いを遮ったのは、パトロールから戻った隊員達のだらけた声。彼等は入り口を片付ける義希や圓を跨いで、そそくさと椅子を探す。

「おい、お前らもちょっとは片付け手伝えし!」

「いーじゃないっすか、散らかってても」

「っつーか仕事しろよ!」

「してますよー?ほら、ちゃんと巡回しましたし」

 小太郎に構わず、記入済みのパトロール報告書を翻す隊員に、今度は義希が呆れた調子で問い掛けた。

「だから、なんで圓だけが報告書作ってるん?」

 積まれた全ての報告書の筆跡が同じことを示す彼に、逆襲でもするように別の隊員が指摘する。

「義希隊員だって圓にやらせてるじゃん」

「オレはその代わりに、圓の分の見回りもしてきてるから」

「お前らもなんか代わりの仕事、やったんだろうな?」

 割り込んだ威圧的な声は、義希の背後から響いた。室内の全員が揃って振り向くと、いつの間にやらボスの大きな体が出入り口を塞いでいる。

「ぼっ…ボス…!お、お疲れ様ですっ」

「挨拶だけは一端だな」

 姿を認識するなり頭を下げた隊員達を鼻で笑い、彼女は入り口正面のホワイトボードに持っていた模造紙を貼り付けた。

「まぁ、お前らの舐めきった勤務態度も、これの導入で少しはマシになるだろうよ」

 丸められていた巨大な紙が広がりきると、隊員達の口が開く。

「大臣直々のお達しだ。文句は言わせねえぞ?」

 コンコンと。ボードを叩くボスの言葉に、反論できる隊員は一人としていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る