第055話 依頼開始

「はぁっはっはっは。最近の若者は元気があっていいですなぁ」


 仕立ての良さそうな服を着た男性が近づいてきて二人の痴話喧嘩を見て愉快そうに笑った。


 見た目は四十代前半ほどで、恰幅が良く、ちょび髭を生やしていて、柔和な雰囲気を持っている人だ。


「あ、ぺドロさん、すみません」


 バツが悪そうな顔でエルが慌てて頭を下げた。 


「いえいえ、結構、結構。元気があって大変よろしい。最後に来た方はお知り合いですかな?」


 まるで娘や息子を見るような目で俺たちを見ながらペドロさんが俺のほうを向く。


「はい。以前、オーク討伐に参加した時に一緒のパーティを組んだんです。彼がいなければ私たちは今こうしていられなかったと思います」

「信頼できる方ということですね。それは素晴らしい。信頼とは、商人が一番大事にしていることですからね。お名前を伺っても?」

「はい。私はイクスと言います。こっちは従魔のリリです。よろしくお願いします」

「チチッ」


 俺は挨拶をして頭を下げると、リリも同じくお辞儀をした。


「うーん、ファイヤーカイトですかな? なかなか素晴らしい従魔をお持ちのようですね。私は商人のペドロと申します。こちらこそ、道中よろしくお願いします」


 俺は差し出された手を取って握手を交わした。


「皆さん、準備はよろしいですかな?」

「はい、いつでも大丈夫です」

「それでは出発しましょう」


 ペドロさんの指示に従って、城門を潜り抜ける。


 森に行く以外で街の外に出るのは、退学させられて帰ってきた時以来だ。なんだか景色が新鮮に見える。


 今回は俺の故郷の街から東に3日程の距離にあるアルベスタという街への行きと帰りの護衛依頼だ。


 初めてということもあって、受付嬢は日数が短く、なおかつ俺と面識のあるエルたちがすでに参加していたこの依頼を勧めてきたんだろうな。


「この中で一番偵察に向いているイクスが先頭でいい?」


 性格的に一番リーダーに向いているエルが今回も取り仕切る。


「ああ。任せてくれ」


 俺もそのことに不満はないので、彼女の指示に頷いた。


 リリはこの中で唯一空を飛べる。


 元々そうくるだろうと思っていた。


「馬車の左側は私とチャコ。右側はキース。後ろはクリスとラッキー。そして、カロンに任せるね」

「任せろ!!」

「分かりました」


 俺たちは、4人と護衛としては少し人数が少ないものの、各々に従魔がいることで補える分、むしろ護衛に向いているかもしれない。


「チチチチィ」


 リリが俺の肩から飛び立ち、空から馬車の周囲を探り始めた。


 しばらく進んでいるとキースが残念そうに呟く。


「何も起こらないな」

「そんなに早く何かが起こったら困るわよ」


 エルが呆れたように言った。


 護衛と聞いてキースは激しい戦いを想像していたのかもしれない。


 そういう場面もあるだろうけど、戦いはそれほど多くない。俺が学院に行った時も、帰ってくる時もそれほど頻繁に戦いは起こらなかった。


 せいぜい数時間に1度程度だ。


 そこでふと疑問を抱く。


「もしかして、エルたちも護衛依頼は初めてか?」


 俺は後ろを振り返って尋ねた。


「ええ。Cランクにランクアップするために一度は受けなきゃいけないからね」

「もっともっと上を目指したいからな」

「ランクが上がれば、命の危険は増えますが、報酬も増えますしねぇ」


 エルが最初に答え、キースとクリスが追従する。


 どうやら彼らもランクアップが近づいてきているらしい。俺が予想した通りだったな。


 2時間ほど進むと、リリから反応あった。視界を共有すると、待ち伏せてしているモンスターの姿が俺の片目に映る。


「前方400メートルくらい先。右側にある林でフォレストウルフが5匹待ち伏せしている」

「分かったわ。襲い掛かってきたら、リリに空から先制攻撃しかけさせてちょうだい。クリスは強化魔法を。その後キースが斬り込む。私はその援護」


 俺の言葉を聞いたエルが皆に指示を出す。


「俺は?」

「イクスは周囲の警戒。別の奴が襲ってくる可能性もあるから」

「了解」


 既に俺たちに見つけられるとも知らずに襲い掛かってきたフォレストウルフの群れはあっという間に壊滅した。


 その後もリリが先行して敵を見つけてくれるので、苦戦することはなかった。


「いやぁ、あなたがたは優秀ですなぁ」

「いえ、私たちなんてそんな……」


 ペドロさんが俺たちを褒める。


 エルたちは少し照れながらも満更でもないような顔をしていた。


 戦闘を何度かこなし、今日の野営地へとたどり着く。


 今回の依頼は食事は自己負担。各々で準備することになっていた。

 

 そのため、保存食を買ってきている。


「うぐっ……」

「チィ……」


 ただ、俺とリリはその味に顔をしかめる。


 最近は育成牧場の倉庫に料理を入れていたので、味の良い食事を摂るのに慣れてしまった。


 今回怪しまれないように保存食を買ったんだけど、予想以上に酷い味で、舌が肥えてしまった俺には非常に辛い時間だった。


「それじゃあ、交代して見張りをしましょ」


 俺たちは夜襲に備え、交代しながら夜を過ごした。


 1日目は何事もなく終わりを告げた。

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