異変ちゃん

晴れ時々雨

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目を覚ますとそこは闇だった。こともあろうに、「自分」という意識を感じたとき私は眼として、ある女の左側の腋の下に居たのだ。

その女とは体を共有していたので、女の思念や思考が私にも伝わってきた。女の情緒から、凡そ15、6歳くらいかと予想したが、先日32を迎えたと知り少し驚いた。私は単眼で体に対する領分が狭いので、意識を彼女に気取られることはなさそうだった。要は私の考えの正確なところは彼女にバレていない。まさか腋の下にできた眼が、宿主とほぼ同格の意識思考を持っているなどと思いもしないのだろう。私が現れて七日ほど経つと腋の下の異変に気づき、鏡で確認した。自分の体が眼のていを成しているのだと知ったのはその時だ。さすがに喜ばれるとは思っていなかったが、彼女の絶望感はひとしおで、私はかなり傷ついたものだ。最近の知識だが、彼女は名をちづという。ちづは初め私を強引に擦った。これは私の存在がまだ「出来始め」で気づかれていない時分で、知らずにタオルとやらで湯上りの体を拭いたためだった。私が一番最初に知った感覚は外皮の痛みだった。そして七日経ち鏡の前で私を直接認識したのだ。それからちょくちょく私を確認した。私は初めましてとか、こんにちはなどと挨拶をしたつもりだったが、眼であり口は持ち合わせていないので発することができずじまいだった。しかし気持ちは仕草に表れるものらしく、私は無意識に瞬きをしていたようだ。それに驚いた彼女は私をつ突いた。危険な女だ。咄嗟に閉じたおかげで目蓋がちょっと傷ついただけで済んだが。そうこうしながら、私とちづは一体の女体を共有することになった。

概ね居心地は悪くなかったが、彼女は年頃のこともあって体の手入れに余念がなく、夏場は私の睫毛を剃り上げた。震え上がるほどの恐怖に、私は一心に外殻を閉じた。しかし彼女は私の皮膚を引き伸ばして、毛を許さなかった。彼女は剃り残した睫毛を腋毛と解釈し、毛抜きで一本づつ抹殺していった。睫毛の断末魔が聞こえるような気がした。私が本来収まるべき場所にそうならなかったことで迫害される命がある。それを呪いながら、何となく気恥しいような、肌寒いような感覚をおぼえた。

どんな状況でもそれが続くと慣れるものである。それが生きとし生けるものの性だ。我々は共に存在する環境に慣れ、やり繰りを上達させていった。彼女が男と交際する折りに、私が最終的な目安となった。私に怯えるようでは彼女を任せることなどできない。しかし深く想いを寄せた相手に、どうしても私を紹介できないときの彼女の哀しみは私を落ち込ませた。ごめんねの想いでかたく身を閉じて存在感を最小限に抑え、腋の下の皺っぽく振る舞ってみたが長くは続かない。そんなとき彼女は季節に関係なくノースリーブで公園に出掛け、雲梯をしてくれた。

私はどこから来たのだろう。どうして。なんて考えたこともあった。しかし詮無いことだ。もう私は居る。消える気配もない。だから諦めなよ、ちづ。

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異変ちゃん 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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