第5話 ハーブコーディアルと百合根のあんを添えたお花畑のパンケーキ(7)

「お次はスイーツをどうぞ。『百合根のあんを添えたお花畑のパンケーキ』です」


 一瞬、お皿に花束が盛られてきたのかと思った。ふかふかの生地には、薄く生クリームが塗られている。

 その上に、色とりどりのバラ、ビオラ、ゼラニウム、ナデシコといった花と花びらが所狭しと飾られているのだ。


 赤やピンク、黄や青系の花々の間を縫うように、グリーンのリーフが覗いているのもかわいらしい。

 お花畑をまるごと花束にして贈られたみたいで、晴れ晴れとした気分になる。


「食べられるお花をふんだんに使った、華やかな一品に仕上げております。こちらのメープルシロップ、そしてパティシエが特に精魂込めて作りました、百合根のあんと一緒にお楽しみください」


 あまりの美しさに脳が痺れるような心地がして、すぐにはいと言えなかった。

「もう少しだけ見つめていていいですか?」と懇願してしまって、まるで子どもの頃に読んだ少女漫画の台詞、と思った。


「恋をされているかのような、皆川様のその瞳。私まで胸が高鳴るようです」


 デュボワさんがウインクをしながらそんなことを言うものだから、何に恋をしているんだかわからなくなりそうになる。

 少女漫画みたいな恋だの愛だのはかわいい子の特権、私には関係のないもの、と幼い頃から思ってきたのに。


 お花にまみれたパンケーキを穴が空くほど見つめてから、ようやくナイフを入れた。右手にみちっとした柔らかさが伝わり、期待が高まる。

 香り高いメープルシロップを贅沢に染み込ませた生地は、傷ついた私を手当てするかのような口当たりで、それもまた夢見心地を誘った。


 生地の上品な味を活かし、メープルの香りを引き立たせるためか、生クリームは爽やかで軽い。これならいくらでも食べられそうだ。


「今、心から幸せです。ありがとう、デュボワさん。パティシエさんも」


「お礼を言うのはこちらですよ、最上級のお褒めの言葉いたみいります」


 もちろんお花に味はついていないが、フレッシュな歯ざわりと青い香りがアクセントになる。

 美しいものを口に入れると、体の内側から浄化されるようだ。


 次はお待ちかね。お皿の隅に載せられた小さな容器から、白いあんこをすくう。

 まずはあんをしっかり味わいたいと思い、それだけを口に運ぶと、しみじみ深い喜びが湧いた。ほっくりとした上品な甘さに、体の奥底からじんわりと疲れがほどけていく。


「ことのほかお気に召したみたいですね」


 私はこくこくと頷きながら、デュボワさんを見上げた。


「ええ、初めて食べたんですけど、まろやかな甘みが本当においしい。けして強く主張するわけではないのに香りも豊かで。

 こんな華やかなパンケーキに和風のペーストを持ってきて、驚くような不意打ちで楽しませてくださるなんて。パティシエさんは粋な方ですね」


 デュボワさんが満面の笑みで頷くのを見て、余程パティシエさんと仲がいいのだろうと思った。

 小さなお店だし、もしかしたら奥さんとふたりでやっていらっしゃるのかもしれない。


「実は生クリームの主張を控えめに仕上げているのは、このあんのためだったのですよ。パンケーキに新たな表情が加わるのをお楽しみください」


 気品のある喋り方、物腰は柔らかで、こちらを緊張させることなく行き届いたサービスをしてくれる。

 こんな素敵な人も、時には冷淡だったり、薄情だったりすることがあるのだろうか。


 そんな無粋なことを考えながら食べたって、おいしいものはおいしくて、ついお喋りになってしまう。


「なんだか、ハーモニーを感じますね。百合根の風味を、生クリームのコクが引き立てているみたいで。

 それに、まとわりつくように滑らかなあんの舌触りと、生地のふわふわした食感の組み合わせも楽しい」


「よかった、今の皆川様からもハーモニーを感じます。おそらく、深いところにいらっしゃる、本当のご自分とつながられたのかと」


 さやかな月光が胸に射し、水の底に沈んでいるものたちがゆらめくような感覚が去来した。

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