【番外編】セノイによる福音書外伝 菫のバレンタイン・カップチョコレート(3)

 百合の香りの風にデュボワが目を細めた。そして頃合いを測ったように、ポケットから小さな箱を取り出した。

 淡いすみれ色をしたそれは、どうやら菓子箱のようだった。


「今日はバレンタインデーラ・サン・ヴァロンタンでしょう? この国では愛する人にチョコレートを贈るそうなので、いつもお世話になっているあなたにと思いまして」


「なんとうれしい心遣いでしょう。デュボワ、まさかあなたの手作り?」


 老執事は、ええ、とはにかんでその青い瞳をまぶたに隠した。そして「この国仕様ですよ」と添える。


 パティシエである自分に、不器用そうな手で作ったチョコレートを渡して、ウインク混じりに照れ笑いをする。セノイはデュボワの奥ゆかしいのか豪胆なのかわからないこんなところを、大層微笑ましく思っていた。

 だが、菫の箱を開けるなり、彼はその鋭角的な美貌をぱきんと凍らせた。


「ふふ、初めてこんなことをしたものですから、不格好であるとは思いますが。こんな爺にも作れそうなものをと調べましたら、『平成女児チョコ』なるものを見つけましてね。

 なんでも、この国の女性ならば、必ず一度は作ったことがあるというほどポピュラーなものらしく……」


 箱の中には、アルミカップに流し込まれたチョコが5つ並んでいた。ピンクや黄色、水色のカラースプレーや銀のアラザンが、にぎやかに振りかけられている。

 まぎれもない平成女児チョコだ。平成女児。デュボワが、これを——。


「喜んでいただけました?」


 いつもどおり柔らかな笑みを浮かべる老執事に、セノイもはっと気を取り直した。ええと、と口を開く。


「チョコの真ん中に埋められているのは菫の花ですね。(ここだけ)淡くて美しい……なぜ菫なんです?」


 組んだ脚の上にちょこんと両手を乗せているデュボワが、意味ありげに青い瞳を瞬かせた。


「まさか、私とあなたの瞳を混ぜた色だから?」


 ご名答、と笑うデュボワにつられて、セノイも笑い声を上げる。笑いすぎて滲んだ涙を拭った指で、するりと泣きぼくろを撫でた。

 カラフルでごちゃごちゃしたトッピングにまみれて、どうしてこんな場違いなところに……と言いたげな風情ふぜいの菫に、同じ指でそっと触れる。


「まったく愛らしい」


「そう言ってもらえてよかった、頑張って作りましたから」


 あなたがね、という心の声をおくびにも出さずに、セノイは眉を下げた。



~【番外編】セノイによる福音書外伝 菫のバレンタイン・カップチョコレート Fin.~


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