第2話

「あ……」


 待ち合わせ場所は私の地元と兄が通っていた大学のその中間にあるターミナル駅の駅前広場だった。そこに現れた大学生の男の子を見て、私は思わず声を上げた。


 男の子はそんな私の顔を不思議そうな表情で覗き込む。


依千華いちかちゃん、だよね?――はじめまして。俊哉しゅんやと同じサークルだった阿見寺あみじです」


 、ではない。私は彼を知っていた。幼馴染である立夏りっかの彼氏だ。


 〝大学生の彼氏〟をもつことに優越感を感じている立夏は、ことあるごとにツーショットをSNSにあげていた。のみならず、去年の文化祭ではわざわざ彼――阿見寺さんを呼び、同級生たちに見せびらかすように一緒に学校を周っていた。私はその時、少しだけ会話を交わしたのだが、阿見寺さんの方は覚えていない様子だ。無理もない。所詮しょせんはたくさんいた女子高生の一人だ。


(学生支援課の方から名前は事前に教えてもらっていたけど、立夏りっかがいつも『ゆん』って呼ぶから、気が付かなかった……)


 私はどう挨拶をしようか、迷った。


「あれ?その制服……――ひょっとして、ひがし高校?」


 まごまごしていると、阿見寺さんが私にそう訊ねた。今日は休日だった。しかし故人である兄の友人に会うということで私は正装のため、制服を着ていた。


「そうです。あ、あの、私……立夏りっかの……」


 私が俯きながらおずおずとそう口を開くと、阿見寺さんはぱっと顔を輝かせ「立夏りっかの友達?」と私の言葉を引き取った。私は、小さく頷いた。


「そうなんだ。びっくりだな。世間って狭い。――わざわざ学生支援課通さずに、立夏を通して連絡すれば良かった」


 そう言うと、阿見寺さんは、爽やかに笑った。その眩しさに私は思わず緊張してしまい、ぎこちなく笑い返すことしか出来なかった。

 写真を目にする機会はこれまでもたくさんあったし、顔を合わせたこともあるのだが、あらためて本人を目の前にすると、その形の整った顔、線の細い身体――痩せている訳ではなく、主張し過ぎない筋肉が適度に腕や脚を覆っている――にどきどきした。〝王子様〟という言葉がぴったりだ。


「ところで、その……――シュンにいの遺品というのは……?」


 阿見寺さんが、おかしそうにくすりと笑った。私はあたふたする。


「えっと……?」


「いや、可愛いな、って思って。俊哉しゅんやのこと、シュンにいって呼んでたんだ?」


「いえ……その……――は、はい……」


 私は、『可愛い』と言われたこそばゆさと兄の呼び方を指摘された恥ずかしさで顔を真赤まっかにし、俯いた。


「私、の大学生活について何も知らなくて……。そもそもどんなサークルに入っていたのかも」


あに、なんて言い直さなくていいよ?シュンにいって呼んで。なんか癒やされる」


 阿見寺さんのからかうような口調に、私はさらに羞恥心を募らせた。 


「――俊哉と俺は、同じフットサルサークルに所属していたんだ」


「フットサルサークルですか……?」


 私は少し意外な気がした。兄は中学生の時サッカー部に所属していたが、交通事故で負った怪我が原因でサッカーを続けることが出来なくなった。

 実力があっただけにさぞかし悔しかったのだろう、兄は部活の引退とともにサッカーそのものから距離を置いた。地元のサッカーチームの熱心なサポーターでもあったが、スタジアムに足を運びことも一切無くなった。


 もちろん、サッカーとフットサルは違う競技だ。しかし、全く遠い競技という訳ではない。精神的な抵抗もさることながら、そもそも脚の怪我は支障が無かったのだろうか?


「俺が誘ったんだ。――立ち話しもなんだから、どこかに場所移そうか?」


「あ、はい……」


 私の返事を聞いた阿見寺さんはにこっと笑い、歩き始めた。私達は、ファミレスに移動した。


 ファミレスの店内では空調が穏やかに効いていた。梅雨が開けたばかりの蒸し暑さにベタついていた肌がすっと冷えていく。

 阿見寺さんが選んだファミレスはスイーツに力を入れているチェーン店だった。ドリンクバーを頼むと、種類はそれほど多くないがプチフールも食べ放題になる。


「このお店で良かった?――ほら、立夏がここ好きだから、依千華いちかちゃんもそうなのかなと思って」


 阿見寺さんが私の顔色を伺うようにそう訊ねた。


「あの……はい……」


 私はぎこちなく笑い、そう答えた。

 普段だったら、テンションが上がっていただろう。しかし兄を失ったばかりで、しかもその遺品を引き取りに来たのだから、手放しに喜べなかった。――阿見寺さんはきっと私を元気付けるために、あえてしんみりした雰囲気にならないように、このお店を選んだに違いないのだが。


「飲みもの、何にする?」


 阿見寺さんの優しく問いかける声に私ははっとした。


「えっと、アイスティー、お願いします」


 阿見寺さんはにっこり微笑むと、ドリンクバーの方に移動した。

 待っている間、阿見寺さんの席の隣に置かれた紙袋を眺めていた。その紙袋の中に兄の遺品が入っているに違いなかった。


 中身はなんだろうか?


 それほど大きいものではなさそうだ。

 間もなく、阿見寺さんが二人分の飲み物を持って戻ってきた。軽い雑談を交わし、そしていよいよ話題は兄へ――と思った矢先、阿見寺さんが急に話題を変えた。


「俺、実は探偵なんだよね」


 阿見寺さんはそう言って意味深に笑った。

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