第2話 その後の二人

 どこまでも続いているかのような水平線。その向こうに、オレンジ色をした沈みかけの夕日が見える。

 海に反射した色は、光のはずなのに。今だけは、太陽の影のようだった。


「ジュリアーナ」


 声をかけられるのと同時に、肩にコートがかけられて。そしていつの間にか、ニコロの腕の中。

 気がついた時には、もうその状態だったから。私は仕方なく、真上を向くことで彼と視線を合わせた。


「気が済むまで見ててくれて構わないが、せめてあったかい格好をしてくれ」

「だって、急いでたんだもん」


 そして一番の弊害はきっと、普段家の中だと暑さや寒さをあまり感じないこと。今も家の中にいるのと同じ格好で、外に出てきちゃったから。

 上着が必要な季節なんだってことを、すっかり忘れてた。


「誘ったのは俺だし、確かにかしもしたけどな」


 少しだけバツが悪そうな顔をしてるのは、自分にも非があると思ってるからなのか。


「初めてなの。海に沈む夕日を見るのは」

「もう何回も聞いた」


 苦笑しながらも目元が優しいのは、私の事情をよく知ってるからなんだろうね。

 というか、なんならここ最近ずっと、私を見るニコロの目が優しいというか……甘い気がするのは、気のせい?


「そもそも、こんなに自由に旅行するのも初めてだろ?」

「うん。旅行がこんなに楽しいものなんだって、初めて知ったよ!」

「だろうなぁ」


 満面の笑みを向ける私とは対照的に、どこか遠い目をしているニコロ。

 きっと今、彼の頭の中の私は大忙しで働いているんだろう。元第一王子から押し付けられた、たくさんの仕事を抱えて。

 ちなみにその想像、間違ってないから。視察なんて、ほぼ一人で仕事してたようなものだから。

 あの目の悪い元婚約者は、どっかのお店のオネーサンたちと仲良くしてただけだったし。


「露店も楽しかったし、釣りも初めてだったし」

「もう少し早い時期だったら、海に足だけでも浸かれたんだけどな」

「さすがに冷たすぎるよね」

「だな」


 そんな会話を交わした瞬間、まるでなにかが空気を読んだみたいに、冷たい風が吹きつけてくる。

 思わず小さく震えた私を、ニコロはさらに強く抱きしめてくれて。あと、コートの前もしっかり合わせてくれた。

 さすがニコロ! 気が利く! 優しい!


「明日には帰る予定だけど、今度はもう少しあったかい時期に来るか」

「時期が違うと、景色も違ったりするの?」

「景色もだけど、どっちかっていうと魚の種類が違うな」


 なるほど、旬ってやつね。

 なんて、の世界の知識から引っ張ってくる。


「じゃあまた来年だね!」

「来れれば、だけどな」

「え?」


 もしかして、来年はお仕事忙しい予定?

 最近、私が提供する知識の中で活用したいものが多すぎて、研究内容が次から次へと増えていくって言ってたし。

 でもあれ、誰がどう見ても嬉しい悲鳴状態にしか見えなかったけどね。


「ジュリアーナ、忘れてないか?」


 いつの間にか、私の名前を平然と呼べるようになった旦那様は。


「俺は魔導士なんだよ」


 赤面することよりも、ちょっと悪い大人の顔をすることが増えた。


「子供がいたら、遠出は難しいだろ?」


 今、みたいに…………。


「子供!?」

「いや、なんで今さら驚くんだよ。先に言ったのはそっちだろ」

「そ、そうだけどっ……!」


 今その話蒸し返す!?

 というかソレ、結構前の会話だよね!?


「周りにもそろそろって言われ始めたし、俺としてもいいかなと思うんだけど?」

「う……」


 ちょ、顔近っ……!

 というか、いつの間にそんな色気を手に入れた!?


「ダメ、か?」


 しかもそんな、ちょっと悲しそうな顔して……!


「だ……ダメじゃない、けど……」

「ありがとう」


 一瞬目を逸らしたのが、運のつきだったと思う。

 次の瞬間には、あっさりと私の唇は奪われてたんだから。


「……最近、ニコロ、キス、多い」

「しょうがないだろ? ジュリアーナが可愛すぎるんだから」

「え!?」

「ほら、また」


 そう言ってクスッと小さく微笑んだと思えば、やわらかい唇が今度は頬に触れて。

 でもやっぱり、唇にも触れてくる。


「俺はきっと、ジュリアーナのことが好きすぎるんだよ」

「な、なんで断定じゃないの?」

「だって俺、人を好きになるの初めてだし」

「…………うぅ……」


 恥ずかしいことを、ちょっとだけ頬を赤らめて言ってくれるけど。私としては、その言葉も事実も嬉しすぎて。

 そして同時に、私のほうが恥ずかしい。


「だから、ほら。風邪ひく前に帰ろう」

「でも、夕日……」

「海辺は真っ暗だから、あんまり夜歩くのはおススメしないぞ?」

「……帰ります」


 この世界にはまだ、電気が存在してない。つまり、街灯も基本的には火を入れるシステム。

 となると、海風で消えるこの辺りは、確かに夜は真っ暗になるんだろう。

 そしてその中を普通に歩ける自信は、私にはなかった。


「帰り道でも、夕日は見れるから」

「うん」


 ニコロもいくら魔導士だからって、許可ももらってないのに外で魔術をあれこれ使うのはよくないからね。

 というか、緊急事態以外は基本的に魔術に制限がかけられてるものだから。

 魔導士はモラルがいいから成り立ってるけど、そうじゃなかったらこの世界は大変なことになってたと思う。


「ほら、ジュリアーナ」


 あたりが暗くなりはじめてきて、足元が少し暗いからか。ごく自然に手を差し出してくれるニコロ。


「ありがとう」


 私もその手に、自分の手を重ねて。

 そうして二人、宿までゆっくりと歩いて帰った。


 もちろん、手は繋いだままでね。






―――ちょっとしたあとがき―――



 本編の頃では、考えられなかった甘さ……。

 ニコロ、成長しました。


 そして、これにて完結です!


 次のページは、あとがきとなります。

 興味のある方だけ、どうぞお進みください(笑)

 ここまでの方は、またどこか別の作品でお会いできたら嬉しいです!


 それでは。

 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!m(>_<*m))ペコペコ





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