ダミアーノ・フォン・アヴァンティ -敗者たちの終着点-
第1話 破滅への階段①
「ジュリアーナ・アルベルティーニ! お前との婚約は破棄させてもらう!」
どれだけこの日を待ち望んだことか。
高らかに宣言した私は、つまらない目の前のこの女から解放されるという充足感に満ちていた。
「理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
扇で口元を隠しているのは、動揺しているのを悟られないようにするためか?
無理もない。王族であるこの私からの婚約破棄宣言は、婚姻する価値がない女だと言われているも同義だからな。
その証拠に、周りがあまりの衝撃に口を開くことすらままならないのだから。
「フンッ。言われなければ分からないのか」
「えぇ。心当たりがありませんので」
全く。
心当たりがないなどと、つまりこの女にとってあれらは、問題がない行為だったというわけか。
「お前は! 私の婚約者という立場を利用して! リーヴィアを散々いじめていたそうじゃないか!」
こんな女が婚約者だったなど、
そう思っていた私の耳に届いたのは、愛しいリーヴィアの声。
「ダミアーノさまぁ~」
駆け寄ってくるその姿は、可憐以外の何物でもない。
彼女のような可愛げのある令嬢こそ、私の婚約者に相応しい。
未来の王妃が、可愛げもなければ王を立てることもできないなど。恥ずかしくて隣になど立たせられないだろう?
「かわいそうに、リーヴィア。怖かっただろう?」
「怖かったですぅ~」
青の瞳に、涙をためて。思い出してしまったその恐ろしさからか、かすかに体を震わせながら。
私を見上げてくるその姿は、まさに愛らしいというほかない。
思わずダークブロンドの髪に手を差し入れて、守るように私のほうへと抱き寄せた。
ここから先は、きっと彼女一人では立っていられないだろうという、私なりの気遣いでもある。
「お前はたびたびリーヴィアにひどい嫌がらせをしていたそうだな!」
「あら? なんのことでしょうか?」
「しらを切るつもりか! 実際に目撃した人物も、大勢いるんだぞ!」
「まぁ。どなたでしょう?」
「教えるわけがないだろう! 次の標的にされては困るからな! この性悪女め!」
そんな簡単な誘導に引っかかるとでも思ったのか?
お前に教えたが最後、次はその人物が標的になる可能性があると、賢い私はよく知っている!
「言葉でリーヴィアを責めるだけでは飽き足らず、罪のない女生徒を脅してまで嫌がらせをさせるような女だと、どうしてもっと早く気づけなかったのかっ……!」
もっと早くこの女の本性に気づけていれば、リーヴィアにこんなつらい思いをさせずに済んだだろうに。
「池に突き落としたり、教科書を破り捨てたり。悪質にもほどがあるっ!!」
かわいそうなことをしてしまったと、後悔してもしきれない。
そして、だからこそ。
「よって! 私はお前との婚約を破棄し、新たにリーヴィアと婚約することをここに宣言する!!」
私は未来の国王として、正しい判断をしなければならないのだ!
「追って沙汰を出す! ジュリアーナ・アルベルティーニ! お前にはしばらくの謹慎を言い渡す!」
それこそが、私の正義!
弱きを助け悪を挫くのが、私の役目なのだから!
「……それは、いち生徒としてのご決断ですか? 生徒会長?」
それなのに、往生際悪くおかしなことを言い出すこの女には。
ハッキリと告げてやらなければ、事の重大さすら分からないらしい。
「ふざけるな! 王族命令に決まっているだろう!」
私の婚約は、国を左右する。
婚約者がこんな女では、この国の未来は絶望しかない。
「承知いたしました。このジュリアーナ・アルベルティーニ、臣下としてそのご命令に従いましょう」
私の言っている意味が、ようやく理解できたようだ。
大人しく引き下がるその姿だけは、この女の言葉通り臣下として認めてやってもいいだろう。
それ以外は、絶対に許さないが。
「リーヴィア、もう大丈夫だ」
「ダミアーノさま……うれしい」
性悪女がいなくなって、ようやく安心したらしいリーヴィアは。愛らしいその瞳いっぱいにたまっていた涙を、そっと指でぬぐう。
その姿は、なんとも健気で。
「安心しろ。私がずっと守ってやる」
「ありがとうございます、ダミアーノさまっ!」
抱き着いてくるその素直さと温かさに、私は思わず笑みをこぼした。
この時の私は、疑ってすらいなかった。
正義は常に、私と共にあるのだと。
私の行動が、言葉が。
私を破滅に導いているなどと。
考えたことすら、なかったのだ。
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