第21話 虫は入らないようにしてたんだ

「こっ、これでこのバッグに入れた物は全部、テーブルの上に転送されるっ……」

「ありがとうー!」


 そっぽを向きながら、魔術を仕込んだバッグを差し出してくるけど。

 顔、真っ赤だよ? しかも耳まで。


(かーわいー)


 赤くなりやすいのかも。

 しかも女性への免疫が一切ないな?

 魔導士は基本的に男性が多い職場だし、今まで女性と関わり合いになることもからかわれることもなく過ごしてきたな?

 これは、今後ますますニコロの可愛いところを引き出していかねば……!


「ほっ、他にはあるのかっ?」

「じゃあ、ニコロとちゃんと連絡が取れる方法を教えて?」


 一度出かけられちゃうと、次に帰ってくるまで連絡手段がないっていうのはかなり不便なんだって、今回思い知ったから。

 また数日戻らないんだろうなーなんて思って、聞いてみたんだけど。


「連絡? 別に呼んでくれれば、いつでも帰ってこれるんだが?」

「はい?」


 どうやら、この家にはそういう機能も備わっていたらしい。

 ようするに、用事があればニコローって呼べばいいだけっていう。


「わぁ、お手軽」

「言ってなかったか?」

「うん、全く」


 しかもどうやら、本人は言ったつもりになってたらしい。

 とはいえ初対面で結構な態度だったよ? むしろ俺に関わるなぐらいの勢いだったじゃん?

 故意に言っていなかったわけではないとはいえ、それってつまり呼ばれたくないっていう願望が忘れさせたのでは?

 ちょっと複雑な気分ー。


「……悪かった」


 私の気持ちを察したのか、頭を下げて謝ってくれるけど。

 でも元はと言えば、その状況を故意に作り出したのは私のほうなわけで。


「ニコロが謝る必要はないよ。私は望んで今の状況を手に入れたし、そのために必要だったから否定もせず、噂も受け入れたの」

「けど俺は、ちゃんと噂も見極めるべきだった。君にあたるべきではなかったんだ」


 え、凄い素直なんだけど。

 平民育ちってみんなこういう感じなの? 貴族と全然違うよ?

 大丈夫? 素直すぎて誰かに利用されたりしてない?

 ちょっと違う意味で心配になっちゃうんだけど。


「私としては、どうしてこんなにも早く信じてくれたのかのほうが不思議なくらいだから」

「いや、まぁ……」


 おや? どうしてそこで言葉を濁す?


「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってもらってもいいかな?」

「ヒッ」


 そんなに怯えなくてもいいじゃない?

 最初の頃の勢いはどうしたのよ、勢いは。


「そのっ……あ、あんまりにも、必死だったからっ……」

「あー、なるほど」


 確かにそうかも。

 信じてもらいたいとかじゃなく、あのバカ王子のことを誰かにちゃんと伝えたくて、っていう意味でだけど。


「言われてみれば、これまで君の悪い噂なんて聞いたことがなかったのに、急に悪評が広まったし」


 そりゃあねぇ。あのバカの尻拭いを、今まで何度してきたことか。

 悪評が立つ理由なんて、本当はないはずなんですよ。


「なによりも君の目に嘘はなかった。本気で第一王子を嫌っていたし、浮気をしていたと口にした時は本気で嫌悪しているように見えた」

「あら」


 それはちょっと、感情出しすぎたかも。

 でもそのおかげでニコロが信じてくれたのなら、まぁ結果オーライなのかな?


「それに俺は、男として第一王子がしたことは許せない」

「まぁ!」


 もしかして恋愛には真っ直ぐなタイプ?

 貴族男性なら、愛人とかがいても普通だって言い放つことが多いだろうに。


(そっか、平民は恋愛結婚なんだもんね)


 貴族の政略結婚とは違って。

 それならお互いに好きだから一緒になるはずなのに、相手を裏切るような浮気行為なんて許せない、と思うのは不思議じゃない。

 ただそうなると、いつかニコロに好きな人ができた時、私って邪魔な存在でしかないよね。

 困ったなぁ。


「だから、なにか詫びをさせてくれないか?」

「え?」

「そこにどんな背景があったとしても、俺が噂に踊らされていたことに変わりはない」

「別にそこまで気にしなくてもいいのに」

「俺が気になるんだ。だからなんでもいい。生活に関わることじゃなく、もっと個人的なことで」

「そんなこと、言われても……」


 いきなりすぎて、思いつかないよ。

 そもそも私、最初の頃のニコロの態度に腹を立てたことも、困ってたこともないのに。


「この家には俺の許可がなければ、人どころか虫すら入ってくることはできない」


 あ、虫は入らないようにしてたんだ。

 そっか。だからあんなに下水臭くても、虫は一切目にしてこなかったんだね。

 それは、凄くありがたいかも。私一人で虫に遭遇してたら、どうすることもできなくてパニックになってた可能性があるから。

 植物の受粉を助けたりする分にはいいんだけど、そうじゃない虫って苦手なんだよね。


「だから高価な物を置いたとしても、盗まれる可能性はない」


 しかもこの人言い切った! 凄い自信!


(でもなぁ、魔導士だもんなぁ)


 普通の人相手だったら、確かに最強かもしれない。

 そして地味に、ここにいるのが一番安全なんだということを今、私は知ってしまった。


「だからどんなことでもいいし、物だとしてもいい」

「急に言われても、思いつかないから」

「それなら俺はどうすれば……」


 ねぇちょっと、情緒不安定なの?

 責任を感じすぎじゃない? そんな頭抱えるようなこと?

 誰にでも間違いの一つや二つあるんだし、今回に関してはそういう風に誤解されるように、色々と誘導したのは私なんだけど。


(でも、なぁ……)


 このままだと埒が明かないのは、なんとなくこの短い付き合いの中で分かってきた。

 ので。


「じゃあ、思いついた時にお願いしてもいい?」


 たぶんこれが、今の正解なんだと思う。

 実際なにかあれば、その時のために取っておくのもアリでしょ?


「君はそれでいいのか?」

「むしろ私がそうして欲しいの! 思いつかないんだから仕方ないでしょ?」


 それに私としては、人も虫も入ってこない家を提供してもらえただけでも、かなり助かってるので。

 魔導士の旦那様の手助けは、切り札として取っておくのがベストでしょ。





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