第20話 旦那様の魔術
「口で言っても伝わりづらいだろ?」
その言葉にうなずいた私に、食事だけ終わらせたらすぐに取り掛かると言ってくれたけど。
(待って。そんなに簡単にできることなの?)
なんて思った私の考えは、ただの杞憂でした。
◇ ◆ ◇
「で? どんな形に変えればいいんだ?」
「え、っと。こういう、カーブを描くように……」
指で横になったS字っぽい感じを伝えてみるけど、私も本物のSトラップとか見たことないから、本当に雰囲気でしかない。
「それだけでいいのか?」
「とりあえず?」
正直家の構造がどうなってるのかは分からないから、見えない部分までは私も分からない。
ただ明らかに見えている排水管が真っ直ぐだったから、これを変えれば少しはマシになるんじゃないかって思ってる。
完全に、予想でしかないけど。
「じゃあまぁ、それでやってみるか」
右手をかざして、魔法陣を一つ。左手も同じようにして、また魔法陣を一つ。
合計二つの魔法陣が出てきたと思えば、今度はそれより小さい魔法陣がまた一つ。
それらが重なり合った次の瞬間、それぞれがゆっくりと回り出した。
「わぁ……!」
はじめて見る旦那様の魔術に感動していたら、今度はいつの間にか真っ直ぐだったはずの排水管がゆっくりと変化して。
やがて、私が注文した通りの形になって、止まった。
同時に、魔法陣も全て消えてしまう。
「これでどうだ?」
「凄い!!」
普通すぎる感想かもしれないけど、本当にそうとしか言いようがなかった。
というか、口をついて勝手に出てきた。
だって本当に凄すぎるんだもん! 目の前で物体が変化していくんだよ!?
「旦那様凄い!」
「ニコロ、だ」
「ニコロ凄い!」
「ふふん」
そしてどこか得意気なの可愛い!
こっちは声には出さなかったけど、心の中で力いっぱい叫んでおく。
「ただ、どうしてこれでニオイがしなくなるんだ?」
「え、っと……」
説明するためにも、私は一度蛇口をポンと軽くたたく。
そのまま水をある程度流して、逆流とかはしてこないことを確かめてから、今度は二度軽くたたいて水を止めて。
「こうすることで、ここのカーブの部分に水が溜まるの」
「まぁ、そうだな」
「その水がフタの代わりになって、ニオイが上がってくるのを防いでくれる仕組みみたい」
「水で? そんなことができるのか?」
「え、っと……」
論より証拠、と言いたいところだけど。今までニオイそのものを気にしてこなかった人に、どう伝えるべきか……。
なんて私がちょっと説明に困っている間に、なぜかニコロはまた別の魔法陣を出して、同時に試験管みたいなものを二つ、どこかから取り出した。
(え、待って。それどこから取り出したの?)
今、虚空から出てきたよ? どういう仕組み?
私が混乱している間に、ニコロはなにかの液体を両方の試験管に入れて、片方をさっきみたいにSトラップのような形にしてしまう。
そしてなぜか、いつの間にやらカーブのところに溜まっている水。
(え、どういうこと?)
今の全部、魔術ってこと?
あれよあれよと目の前で繰り広げられていく信じられない光景に、私は開いた口が塞がらない状態だったけど。
「うわ! ホントだ! ニオイしない!」
それを全部当然のようにやってのけた張本人は、二つの試験管のようなものに鼻を近づけて、一人盛り上がってた。
というか、盛り上がるところそこ?
「そっか、ニオイか。目に見えないし気にもしてなかったから、全然気がつかなかったな」
しかもなんか、一人で頷いて納得してるし。
これは、あれかな? もう私も当然のこととして受け入れておくべき?
(そんなわけ、ないよね)
むしろ今聞いておかないと、今度はいつ帰ってくるかも分からない。分かったとしても、それまで聞くこともできない、なんて。
気になって、なにも手につかなくなるに決まってる!
だからこれは仕方がない。決して好奇心に負けたからとかじゃない!
「ねぇ! 今のはどういう魔術なの!?」
「え? 形を変えて少し伸ばしただけ――」
「そっちじゃなくて! どこから色んな道具を出したの!?」
使い方によっては、あまりにも便利すぎる。
というかこれって応用すれば、夢の四次元ポケットができるんじゃ……?
「あぁ、そっちか。あれは研究室に置いてた物を、ちょっと空間をつなげて取り出しただけで――」
「そんなことできるの!?」
「いや、まぁ……実際できるから、今それで試したんだが……」
その後も根掘り葉掘り聞いてみたら、どうやらどこか特殊な空間に置いてるとかじゃなくて、別のところにあるものを取り出してるだけってことらしいけど。
それだけでも十分凄くない!?
しかもニコロが今まで急に目の前でいなくなってたのも、これと同じ原理なんだとか。
本来なら魔法陣が必要なんだけど、この家は全体的に色々な魔法陣を仕込んであるらしく、だから省略できるんだって。
細かく説明されてもよく分からないけど、そこまでなら私でも理解できたよ!
「じゃあもしかして、バッグにその魔法陣を描いておいたら……」
「家の中に置くだけなら、すぐにできるな」
なんて便利な!
とはいえ別の場所に移動するだけだから、家に帰ってきたら仕分けしないといけないし、長期間保存ができるわけじゃないけど。
でもそれって、お買い物が凄く楽になるよね?
「じゃあじゃあ! 奥のほうに片づけたものとかも!」
「取り出せるんじゃないか? ちょっとコツはいるけどな」
待ってこれ、使い方次第ではすごく生活が楽になるんじゃない!?
色々なお悩みを解決できちゃうよ!?
「私もそれ、できるようになりたい!」
「いや、無茶言うなよ」
呆れたように、返されるけど。
でも別に私は、魔導士になりたいわけじゃないからね!
「とりあえずバッグにその魔法陣欲しい!」
「まぁ、そのくらいなら」
「やったぁ! ありがとう!」
「っ……!!」
嬉しくて思わず抱き着けば、途端に固まるニコロ。
あれ? と思って見上げた先で、顔どころか耳や首まで真っ赤になってたけど。
でも今の私には、それすら楽しくて仕方がなかったんだ。
ビバ! 魔導士の旦那様!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます