第9話 旦那様は高給取りだったようです

「なるほどなるほど……」


 どうやら食材はあまり日持ちしないことを考慮に入れて、一日もしくは二日分だけをみんな買っていくみたい。

 しかもその量も、家族構成に合わせてそれぞれ違う。

 そしてなにより、基本的にはお店は全て量り売りスタイル。

 とはいえ一人暮らしの場合は、一個からでも売ってくれるところはある、と。


「ずいぶんとお店によって違うんだなぁ」


 対応もそうだし、食材の質自体も全然違う。

 当然、値段もピンキリだった。


「さて、と」


 ひと通り見て回った感想としては、なかなかに奥が深い、なんだけど。

 ただ、最初に手に入れるべき食材と購入すべき店舗は、もう決めてある。

 というか、そこにしか売ってなかったんだけどね。


「おばちゃーん! お砂糖小袋一つちょーだい!」


 あの家の中には存在していなかった、お砂糖!

 私が知ってるお砂糖は、白とか茶とか色々あるけど。ここのお店で取り扱ってるのは、茶色のお砂糖だった。

 ちなみに喋り方とかは、色んな人を観察して真似してみた。

 どうかな? 変じゃないかな?


「あらまぁ、珍しいねぇ」


 そう言いながらも、露店のおばちゃんは量り売り用のほうじゃなく、ちゃんと小分けにされているお砂糖の袋の中から小さいものを選んでくれる。

 とりあえず、喋り方は違和感なかったっぽい。

 容器とか袋を持参していれば、それに入れてくれるらしいんだけど。私は何も持ってきてないからね。

 本当は量り売りのほうが安いみたいなんだけど、今回ばかりは仕方がない。

 次回は必ず、この袋を持参しようと心に決めたから!


「袋はこれ一つしか持ってなくって……」

「あぁいや、そっちじゃないよ。昔よりは安くなったとはいえ、調味料としては砂糖ってまだまだ高いからねぇ」

「ん……?」


 そう、なの?

 全部このくらいの値段なんじゃないの?

 というか、これでも安いと思ってるんだけど……。


「専門職じゃない若い人が、しかも小袋入りを買いに来るなんて、どのくらいぶりかねぇ?」


 そう言いながらも、おばちゃんはニコニコしながら私が差し出したお金を受け取ってくれた。

 これで売買は成立、なんだけども……。


(あっちゃ~……)


 どうやら私、初っ端からやっちゃったらしいです。

 そっかー。お砂糖って、みんなあんまり購入しないのかー。


(覚えておこう)


 ただ今後使うようなら、毎回ここで買えばいいだけだから、それは安心かも。

 というか、だったら他の人たちは何で甘味を補ってるんだろう? 謎だ。


「やっぱりあれかね? こうやって若い世代には、砂糖があるのが当たり前になっていくのかねぇ?」


 お砂糖一つでこの言われよう。

 というか、ちょっと待ってほしい。

 ここまで色々見てきたけど、平均価格を色々と考慮すると、だよ?


(もしかしなくても……)


 旦那様は高給取りだったようです。

 まぁね! 魔導士だしね! 特別な存在だもんね! 分かるけどさ!

 あの人平民育ちだよね!? 普通に袋の中に金貨入れたまま渡してきたけど!?


(逆に、旦那様の金銭感覚が今どうなってるのか、すごく気になるんだけど?)


 魔術に関しては湯水のごとくお金を使いそうだし、時間の無駄になるからって食べるものの値段とかも気にしてなさそう。

 というか、栄養すら気にしてなさそう。あの細い見た目だし。


「まぁほらあれだ。砂糖が気に入ったら、またここに買いに来ておくれよ!」

「うん! ありがとう、おばちゃん!」


 変に色々聞かれる前に、とりあえず今日のところは退散退散。

 もしかしたら今後、お得意さんになるかもしれないけど。今はまだ、全部が未知数。


「さて」


 ちょっとしたやらかしはあったけど、気持ちはここから切り替えていこう。というか、色々見て回ってるうちに、今日作りたいものは決まってたし。

 出口に向かいつつ、目星をつけてたお店でお目当ての食材を買って、今日は帰りますか。

 正直こんなに歩いたのも初めてで、結構足が疲れちゃったし。


 というわけで、本日の収穫は服と靴と食材と、その他こまごましたもの。

 あとは平民っぽい喋り方とか、だいたいの食材の価格とか、かな。


(こうして考えてみると、意外と情報量は多いかも)


 しかもこれが今日一日だけのっていうことを考えれば、なおさらかもしれない。

 そう考えると、この疲労感も清々しく感じるから不思議だよね。


 私は覗き込んでいたバッグの中から、家路へと向かう道へと視線をあげた。

 相変わらず視線は飛んでくるけど、最初の頃よりはあんまり気にならないし。なにより特別話しかけられるわけでもないから、そういったものは一切無視して。

 正直そんなことよりも自分の足で家に帰るという、きっと他の人たちは当たり前にしてきたであろう行為を、私は今初めて経験しているわけだから。そっちを存分に堪能しておきたかった。


(何事も、初めてっていうのは一回きりだからね!)


 きっと周りの人たちからすれば、妙に機嫌が良さそうに映っているかもしれない。

 というか、最初からそのせいで見られていた可能性が若干あったりする……?


 なんてことを考えながら、一人黙々と足を動かしていれば。気がつけばいつの間にか、自宅の前までたどり着いていた。

 あやうく、通り過ぎかけたけど。


 なにはともあれ。


「ただいまー!」


 初めてのやりたかったこと、大成功‼





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