第12話 少年を探す者
「イスメト君? もう、どこ行ったの!?」
その夜。
メルカは夕食時になっても戻らない少年を心配し、一人テントを抜け出した。
訪れたのは、戦士たちの野営地である。
詳細は語ってくれなかったが、彼はどこかの戦士の村の出身だと道中で話していた。ここに同族が集っていると知り、顔を出しに行ったのかもしれない。
「こんばんは! ちょっといいですか?」
メルカは焚き火のそばで槍を手入れしている少年に声をかけた。
塔に挑む戦士ばかりなだけあってか、こちらの野営地には心なしかピリピリとした空気が漂っている。
それでも、歳の近い相手ならいくらか話を聞きやすいだろうと踏んだ。
「……何?
黒髪
早くあっちに行けと言わんばかりの眼光だ。
メルカは負けじと、営業スマイルを盾に話を切り出した。
「はい! 実は人を探していまして。ちょうどアナタぐらいの年頃の男子なんだけど――」
「知らない」
が、尋ね人の特徴を言い終わる前に一蹴される。
はなから聞く耳がなさそうである。
「そ、そっかぁ残念! 砂色の髪に紫の目をした人……だったんだけど」
これは脈なしと判断し、メルカは次の聞き込みへ移ろうとした。
「――っ!? 砂色の髪!?」
だがその時、少年が急に態度を変える。
「おい! そいつ、槍を使うか!?」
「えっ……」
「名前は!?」
思わぬ食いつきにメルカは面食らう。
「イ……イスメトっていう人。もしかして、知り合い?」
「そいつ今どこにいる!?」
少年は問いには答えず、親の
「だ、だから探してるんだってば! アナタ、話聞いてなかったわね!?」
「この近くにいるのか!?」
「そのはずよ。もしかしたら入れ違いでアタシらのテントに戻って――あっ、ちょっと!?」
言い終わらぬ間に少年は走って行ってしまった。
恐らくは商隊の野営地に向かったのだろう。
「もう! なんなのよ……!」
「なあ、そこの嬢ちゃん」
残されたメルカが憤慨していると、今度は近くのテントから男が顔を覗かせる。
「今の話、詳しく聞かせてくれないか」
現れたのは三十歳前後の男性だ。
頬に変わった入れ墨がある。
上半身には一糸まとわず、戦士の勲章とも呼ぶべき傷だらけの屈強な肉体をさらしていた。
「今の話って……イスメト君の?」
聞けば男はイスメトと同郷で、一年前に行方をくらませた彼を心配していたのだと言う。名はアッサイと言った。
いかつい外見とは裏腹にその物腰は穏やかで紳士的。
チラと視線をやると、左薬指には指輪が見えた。
メルカは焚き火の前に腰を下ろす。
そして、自分たちの旅の一部始終を語ることにした。
「スゴいんですよ、彼。
「ほう……あいつがねえ。そりゃ大したもんだ」
特に出会い頭の大乱闘を熱く語って聞かせると、アッサイはいたく感心したように微笑む。
その反応を見て、メルカはつい自分のことのように得意になった。
しかし、すぐに後悔することとなる。
そんな話を軽々しく、この場で言いふらしたことを。
「だっははは! いくらなんでもそりゃ盛りすぎだぜネーチャン!」
品のない笑い声を飛ばしてきたのは、近くで話を盗み聞いていたらしい青年たち。アッサイと同じ入れ墨が、首や肩などに見て取れる。
どうやら彼らも、イスメトと同郷の戦士らしい。
「それな! アイツに限ってそんな、なあ?
「武術大会なんて……ププッ! ありゃ前代未聞だったよな!」
「な、なによ! 見てもいないのに決めつけないでくれる!?」
恩人を
つい反論するメルカだったが、男たちは取り合わず、口々にイスメトの過去の失態をあげつらって勝手に盛り上がっている。
「――良いご身分だな、お前ら」
その彼らが一斉に口を閉ざしたのは、アッサイの静かな、しかし腹まで震える怒声が響いた時だった。
「その腑抜け相手に、一度でも白星をあげたことのある奴がこの場にいるのか? ん?」
「そ、そうは言ってもよぉ師匠! 俺ら、
諭されてもなお、やいのやいのと文句を垂れる弟子たち。
アッサイはそれらを涼しい顔でかわし、メルカに移動するよう促した。
「すまんな、つまらん場所に引き留めて。夜も更けるし送っていこう」
「――チッ、師匠はいっつもああだ。アイツが英雄の息子だからってヒイキしやがる……!」
イスメトの――恐らくは兄弟子か何かなのであろう青年が忌々しげにぼやく。
それを背中で聞きながら、メルカはぷりぷりと帰路についた。
■ ■ ■
朝の光を
全身を包むサラサラとした柔らかい感触。
感覚はそれを心地よいと感じながらも、理性は違和感を訴えている。
「――んはっ!? 砂!? 外!? えっ、砂漠!?」
イスメトは砂漠のど真ん中で一夜を明かしていた。
砂漠の夜は極端に冷える。外で寝るなどもってのほか。
安眠するどころか永眠の危機である。
魔獣に出くわす恐れもあるというのに、よくここまで爆睡していられたものだ。
(……僕、どんどん感覚がおかしくなってきてないか?)
【ククク。そりゃァ、体が俺の力に馴染んできた証拠だ】
寝起き頭に直接響く声は煩わしいことこの上ない。
しかし、セトはお構いなしに続けた。
【砂の上は心地よかろう? 疲労も痛みもすべて吹き飛ぶほどに】
言われてみれば体が軽い。
昨夜はセトに直接しごかれて疲労困憊し、倒れるように眠ってしまったはずだが。それもすべて夢だったのかと疑うほど今の体調は万全だった。
「……これも、セトに取り憑かれてるせい?」
【砂漠は俺の力を高める。当然、俺の
「確かにこれは……いいなぁ……」
再び砂に体をうずめると、二度寝の誘惑に襲われた。
まるで揺り籠の中、柔らかな布に包まれているかのような。
【アホ。さすがに戻るぞ。商隊の奴らに怪しまれる】
「――って、そうだよ! 何やってるんだ僕は!」
砂漠の魔力、恐るべし。
イスメトは起き上がり、砂をはたいて急ぎオアシスへと引き返した。
回れ右をしただけで砂だけの景色は一変。山岳地帯特有の無骨な岩山が視界に広がる。
砦のように並び立つ岩々。その内の、ひときわ大きな巨岩の前でイスメトはふと足を止めた。
巨岩の真ん中には、大きな風穴が開いていた。
イスメトは左手の甲に目を落とす。
そこには淡く赤い光を放つ紋様が浮かび上がっている。
刻印──そうセトは呼んだ。
『テメェの体に直接神力を蓄積させた。訓練すりゃ、オマエでも神器を通してその刻印の数だけ神術を撃てるようになる』
そんな最低限の説明のあと、昨夜はセトに負け続けるだけの試合を延々と繰り返した。
その末にようやく体得した術。
それが、この岩を抉った。
(夢じゃなかったんだ……)
【ハッ、夢なもんか! それもこれも俺様と神器の力だ! オマエが散々馬鹿にした、その神器のな!】
「わ、分かってる……! 悪かったって!」
イスメトの手には、穂先を例の無骨な金属塊に取り替えただけのいつもの槍が握られている。
この不格好な神器のお陰で、こんなにも大きな岩を槍一つで破壊できたのだ。
今さらながらに震えた。
自分が手にした力。
神の力の大きさに。
■ ■ ■
「あっ、イスメト君……!」
野営地に戻ると、最初にメルカの困ったような視線が飛んできた。
「勝手に留守にしてごめん……護衛なのに」
「う、ううん。無事でよかった、けど……」
メルカは小走りで近寄ってくる。
どうにも落ち着かない様子である。
「今は……戻らない方が、よかったかも」
メルカが言い
「おっ、いたいた。おい皆ー! 本当にいたぞアイツ~!」
メルカのテントから出て来たのは、ほどよく筋肉質な青年たち。彼らはイスメトの姿を見るなり、ニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべた。
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