破壊の神と英雄の子
千里一兎
第一章
第01話 少年の夢と幼馴染み
「……心苦しいですが」
なじみの医療神官は眉間に皺を寄せ、重々しい口ぶりで告げた。
「もう、戦士の道は諦めたほうが貴方のためです」
英雄だった父に憧れ十五年。
これまでの努力も、周囲の期待も、友との約束すら。
すべてを洪水のように押し流す、最後通告だった。
■ ■ ■
「これはチャンスだよイスメト! 夢を叶えるチャンス!」
イスメトはどうやって幼馴染みの少女のキラキラした瞳をかわそうかと、そればかり考えていた。
「あ、はは……そんな、大げさだよエスト」
「大げさなんかじゃないよ! 旧神様の神器だよ? 神器!」
ここは砂漠と大河の国ナイルシア。その西の端。
ウェハアトと呼ばれるこの地は今、未曾有の危機に晒されていた。
日に日に増える魔獣。消える村々。積み重なる仲間たちの棺。
辺境で起きる騒動など、ナイルシアの
そんな状況に疲弊した人々の、ただひとつの希望。
それがエストの言う『旧神様の神器』の伝承だった。
かつてこの地を創ったとされる
大神官の娘であるエストもその一人だ。
彼女は神殿の書物を読みあさり、神器の在処に目星をつけた。そして、他の誰に知らせるでもなくイスメトの元へと飛んできた。
その理由はひとえに、少年の夢を応援しているからである。
「このオアシスの英雄になるのはキミかもしれないよ!」
だがイスメトは、彼女の誘いに乗る気が起きなかった。
「……そんなの、僕には無理だよ。ジタとは違って僕は、この歳で魔獣一匹倒せない落ちこぼれなんだから」
もう一人の幼馴染みの名を出され、エストは一瞬だけ困ったように固まる。
が、すぐに語気を強めてイスメトの腕を掴んだ。
「だからこその神器だよ! お話の中の『少年』だって最初はそうだったじゃない。病弱で、いつも皆に虐められててさ。でも、神様に出会って変わる!」
ああ、また始まった。
イスメトは耳を塞ぎたい衝動にかられる。
子供の頃は、エストのこの前向きな理想論に何度も救われてきた。
けれど——
「イスメトだって、きっといつか君のお父様みたいに——」
「……っ」
もう、そういうのはウンザリだった。
「それは……エストだから、言えるんじゃないの?」
そっとエストの手首を掴み。その手を解かせる。
「エストは
エストは才気に溢れた努力の人だ。
先日、かねてより目標としていた文官の試験を突破し、書記という資格を手に入れた。
彼女はこれから何にでもなれる。神官にも医師にも学者にも。彼女の人生はきっとその言葉の通り、理想だけでは終わらないのだろう。
しかし、自分は違う。
「頑張れって、言うのは簡単だけどさ……」
医師から受けた最後通告のことは、誰にも話していない。とても話せない。
だから彼女にも悪気はない。そんなことは分かっている。
だからこそ余計に、イスメトはイラついた。
「頑張っても無理なことだって、世の中にはある。君とジタは恵まれたけど——僕は、違う」
自分の器の小ささが身に染みて、つらかった。
「僕はもう、自分に失望したくない。だから戦士の村を出た。君に情けなくも頼み込んで、この仕事を斡旋してもらった。……分かるだろ?」
言いながら、右手に握るクワを見せる。
一年前までは槍を握っていた。
「……そっか。そうだよね、ごめん。これってきっと、ザンコクだね」
エストは気まずげに目を伏せてしまった。
胸がチクリと痛んだ。
「でもボク、やっぱりイスメトには、まだ諦めて欲しくないんだ」
イスメト
その言い回しが妙に気になった。
「……ボクね、書記にはならないんだ。旅にも行かない」
「えっ!?」
予想外すぎる告白だった。
大人になったら歴史学者になって、世界を旅しながら神や英雄たちの物語を書物にまとめる──それが彼女の子供の頃からの夢だ。
今年、成人年齢の14歳に達し、超難関とされる試験も突破した彼女には、夢を諦める道理などないはずなのに。
「で、でも試験には合格したって」
「うん、したよ。それもトップの成績! 史上稀に見る、最年少合格!」
「だったらなんで……!」
エストはなんとも言えない表情を浮かべた。
「……反対されたんだ、お父様に。お前は生まれた時から
神子とは、神の声を聞く上級神官の一種だ。
神殿に住み、俗世との関わりを絶って、その一生を神に捧げるとされる。
「分かってたんだ、最初から。神子になるための修行もずっとさせられてたし」
エストは弁明するように口早に続けた。
「でも、どうしても諦めきれなくて。試験でものすごい結果を出せば、お父様も認めてくれるんじゃないかって。だからたくさん頑張った」
イスメトは何も言葉を返せなかった。
エストを外で見かけない時はてっきり、学者になるための勉強ばかりしているものだと思っていた。
「でもね、やっぱり……ダメだった!」
エストは笑った。いつもの調子で。
何も気にしてませんよとでも言うように。
しかしイスメトには、それが精一杯の作り笑いだと分かってしまった。
「そんな……そんな、の」
残酷だ。
「だからね、勝手かも知れないけど……イスメトにはまだ、諦めてほしくなかったんだよ。こんなチャンス、二度と無いかもしれないし。それに——」
エストはサンダルの爪先で土を弄りながら、表情を隠すように顔を伏せる。
「キミと探検ごっこができるのも……最後かもしれないから」
ああそうか。エストも同じだったのだ。
いや、むしろエストの方が苦しいのかもしれない。
努力も苦しみも、人と比べることなどできはしない。
けれど、少なくとも自分は——
エストよりも頑張っていたなんて、口が裂けても言えない。
「ご、ごめんね! ボク、イスメトの気持ち、ぜんぜん考えて——」
「行こう」
気付けばイスメトはそう口走っていた。
「遺跡探検……一緒に、行こう」
少女の顔に、本物の笑顔の花が咲いた。
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