初恋。

猫野 尻尾

第1話:不思議な人。

それは僕が小学生の頃だった。


僕の親父は三交代で仕事をしていたので、日曜日とかも仕事で留守にしてる

ことが多かったので僕は母親に連れられて買い物や、人んちに

一緒によく連れて行かれていた。


だから、今回も母親の用事だと言うので、僕も一緒に親戚のおじさんの

家にお邪魔することになった。


おじさんは僕の祖父の弟さんで、母親にとってはおじさん。

奥さんを昔に亡くしていて今は一人で寂しく暮らしてるって話だった。


おじさんの家は、塩田の土手のすぐ横にポツンと取り残されたように

一軒だけ建っていた。


「こんにちは・・・おじさん・・・います?」


そう言って母親は挨拶して家の中に入っていった。

玄関を入ると中は、長〜い土間がずっと続いていた。


おじさんの家は間口は狭かったが奥行きがあって、両側にそれぞれ

部屋があった。


先の方は、もう一つの勝手口に繋がってるのか薄暗くて先が見えなくて

怖かった。


母親はとっとと中に入っていったから、僕も急いで付いて行こうと思った。

土間を途中まで言った時、右の部屋の障子が開いていたので、好奇心が

湧いてちょっと覗いてみた。


そしたら、どう見ても僕より歳上なんだろなって思うくらいの女の子が

座布団に座って、僕の方を見ていた。

部屋も薄暗かったこともあって、なんだかキミが悪かった。


あれ?・・・でも、この子は?


たしか、この家はおじさんひとりで住んでるって言ってなかったっけ?

その子は僕を見ると、すぐに笑顔になって明るい声で僕に挨拶してくれた。


「こんにちは?・・・僕、どこから来たの?」


「え?、あ、はい・・・こんにちは」


僕はここに来た理由をその子に、お姉さんに話した。


「そう、ゆっくりしていきなさい、遠慮しないでね」

「もし暇だったら、裏の塩田でも見に行く?」


母親の用事が終わらないと僕はどこへもいけないし、することもなかったし、

ちょっとお姉さんにも興味があったし・・・で、お姉さんが言った

塩田をふたりで見に行くことにした。


お姉さんは部屋から出てくると


「こっちだよ」


って僕の手を取った。


冷たい手だったけど、僕は子供のくせにドキドキした・・・ときめいたんだ・・・。

お姉さんからは母親とは違う匂いがした。

僕はお姉さんに手を引かれて、裏の勝手口から広い塩田が見える土手に出た。


土手には、黄色い菜の花が一面に咲いていて、転げ落ちたら怪我しそうって

思うくらいの高い土手だった。

その土手の上にふたりで立って、遠くまで広がる塩田を見た。


空は青くて、雲が流れ、心地いい風がほほをなでていった。


「広大で綺麗な景色でしょ」

「夕陽が落ちる頃にはもっと綺麗な景色が広がるのよ・・・」

「私、ここが一番好きなの?」


「あ・・・ぼ、僕もです」


「え?今日初めて見たんでしょ?」


「そうですけど・・・好きです」


「僕?、名前は?」


「よしひこです」


「よしひこ君・・・私の名前はようこ・・・」


「ようこさん?」


「君、お母さんの用事が済んだら、すぐに帰っちゃうんでしょ?」


「分かりません、なにも聞いてないから・・・」


「そう・・・」


「これ・・・よしひこ君にあげる・・・」


そう言って、お姉さんは菜の花を一輪取って僕にくれた。

それから母親と一緒にそのおじさんの家に一週間ほど滞在した。


その間、僕はお姉さんとすごく仲良しになった。

淡い恋心・・・僕にはまだはっきりとは理解できない感覚だったけど

それでもお姉さんのことが好きになった。


自分とは違う人・・・異性を感じた。

綺麗な長い髪、色が白くて美しい人・・・どこか寂しそうで憂いに満ちていた。


僕にいろんなこと教えてくれて、僕は毎日が楽しくてしょうがなかった。

そのお姉さんは、ようこさんは僕の初恋の人になった。


でもなぜか、ようこさんといる時は一度もおじさんとも僕の母親とも会わなかった。

それから母親の用事が済んだとかで、僕はその家を去ることになった。


「明日、帰ります」


「そう・・・寂しくなるね・・・また、いつでもいらっしゃいね」

「歓迎するから・・・」


僕は後ろ髪引かれる思いで、おじさんの家を後にした。

帰りの電車の中で、僕は母親に、ようこさんのことを話した。


そしたら、


「なに言ってるの・・・あの家は、おじさんしかいないのよ・・・夢でも

見てたんじゃないの?」


って言われたので、僕は夢や嘘じゃないからって母親に食ってかかった。


そしたら母親が、


「おじさんには昔、娘さんが一人いたんだけど、その女の子が中学生くらい

の時、病気で亡くなったんだそうよ・・」


って言われた。


じゃ〜僕が会ったあのお姉さんは?・・・ようこさんは一体なんだったんだ?

僕はお姉さんがくれた菜の花を、じっと握りしめていた。


家に帰ると僕はお姉さんからもらった菜の花を押し花にした。

たとえ、なんであっても、ようこさんは僕の初恋の人。


そして、その後僕は、社会人になってから足が不自由になった母親の代わりに、

塩田の土手のおじさんの家を再び訪れることになった。


何年ぶりだろう?


そこでおじさんから、ようこさんのことを聞いた。

名前は漢字で洋子さん、やはり彼女は中学生の時に亡くなっていた。


僕が見た、会った洋子さんは・・・幻?、それとも・・・。


そこでおじさんに、洋子さんが眠っている場所を教えて貰った。

お墓には、おじさんの家の苗字が刻まれていて、横に立っていた石碑に

たしかに、洋子さんの名前があった。


僕はお墓に手を合わせて言った。


「あの時は、ありがとうございました・・・楽しかったです」

「知ってました?・・・洋子さんは僕の初恋の人なんですよ」

「できれば、洋子さんが生きてる時に会いたかったです」


「やっぱり初恋って実らないんですね・・・」


僕は持ってきた、菜の花の押し花をお墓に供えた。


「また来ますからね、洋子さん・・・その時はまた歓迎してください」


そう言うと、今まで、あたりは無風だったはずなのに一陣の風が吹いたと

思ったら、僕のほほを優しい風がなでていった。


あの塩田の土手で吹いた風と同じように・・・。

まるで洋子さんが「またね」って言ってくれてるように・・・。


おしまい。




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