第73話 レイン出陣


 私は病院に入院していた。


 レインは、父親になると自覚してから、私の側から離れなくなった。


 病院にはレインと私の護衛騎士が、時間割を作って守っている。


 絶えず、四人はいる。


 朝目を覚ますと、レインは運動をしに行ったのか、近衛騎士が二人いた。



「レイン辺境伯は、訓練中です」と近衛騎士は聞いてもいないのに、レインの居場所を教えてくれる。


 私の侍女は、マリアとシュロとラソが代わる代わる様子を見に来てくれる。


「おはようございます。気分は如何ですか?」


「あまりよくないわ」



 私には、もう一ヶ月以上前からつわりがあった。つわりが一番辛かったのは、リリーが亡くなった頃だった。今はあの時より、楽だが、食欲はない。


「冷たいお水を飲みますか?レモン汁を少し絞りましょう。気分がすっきりしますわ」とマリアが、冷蔵庫に入れられていた水筒から、水をグラスに注ぎ、レモン汁を絞ってくれる。


 この水は、教会のマリア像から水が湧き出すようになって、縁起のいい水だと言われている。子を欲しい者やつわりの者、病気の者が飲むと楽になると言われている物だ。


 私も妊婦になったのだなと、ボンヤリ思う。


 私はまだ体重が元通りに戻ってはいない。


 痩せたままで、子供が育つのだろうか?


 子供のことを思うと、食べた方がいいけれど、食べると吐いてしまう。


 マフィンが食べたい


 マフィンなら食べられるような気がした。


 でも、ここは病院なので、病院食が出てくる。


「さあ、ニナ様、お水ですわ」


 マリアは、私を少し起こして、水を飲ませてくれた。


 サッパリとした酸味のお陰で、水は飲めた。


 そっとベッドに寝かされて、目を閉じる。



「眠られますか?」


「顔が痛い」


「タオルで冷やしましょうね」


 マリアと話していると、子供の頃にいた私専属のメイドを思い出す。


 私は母親に乳をもらっていない。


 抱き上げられたことも、抱きしめられたこともなかった。


 とても寂しい子供の頃だった。


 お婆様が健在だった頃は、お婆様に愛を感じていたけれど、お婆様が儚くなってからは、ずっと寂しかった。


 子供は誰かが乳をくれれば、育っていくが、私は自分で育てよう。


 寂しさや孤独を感じさせないように、育ててあげたい。



「ニナ様、お食事は食べませんか?」


「食べるわ」



 私は子供の為に食べられるだけ食べて、吐くときは吐いていた。


 赤ちゃんは小さいから、食べる量も少ないのだ。


 多いときは吐いてしまえばいい。


 つわりがあると言うことは、赤ちゃんは元気な証拠だ。



「ごめんなさいね、マリア。自分で動ければ世話も掛けないのに」


「世話ではありません。私はニナ様のお世話をするのがお仕事ですのよ」


「ありがとう」



 マリアは優しく背中をさすってくれる。



「ニナ、おはよう」とレインが戻って来た。


「ずっとここにいなくてもいいのよ。夜は宮殿に戻って、お仕事もあるでしょう。毎日、来なくてもいいのよ」


「俺が決めたのだ。子を産むのは女性だが、男は、苦しんでいる伴侶を励まし、不安にさせない努力をするのだと俺の二人目の父に言われたのだ」


「二人目の父?」


「エイドリックの父君だ。国王陛下は、俺の二人目の父だ。ニナの話をしたら、叱られた。ニナが退院するまで俺の部屋はないと言われた」と言って、マリアと位置を代わって、私の背中をさすってくれる。


「今日は国王陛下と王妃様がお見舞いに来られるそうだ」


「いいのに」


「聞きたいことがあるそうだ」


「事件のことね」


「ああ、俺も聞きたい」


「何を?」


「弟のことを」


 ああと思う。


「サンシャインとは会ったことがないの?」


「ない。名前も知らなかった。サンシャインと言うのだな?」


「取り調べ、苦戦してそうね」


「その通りだ」


 レインは頭を抱える。


「どこでその名前を知ったのだ?」


「レインという言葉は、異国で雨を示す言葉なのよ。あの男は、レインの弟だと気づいたのよ。殴られたけれどね。以前、レインのお父様のお話を聞いた事があったのよ。レインを生んで儚くなったお母様のことも。ブルーリングス王国を大きくする為に後妻をもらったけれど、その後妻は多くの男と身体を重ねていた。子ができたが自分の子か分からなくて、母親と生まれたばかりの子を市井に追いやったと。名前はカンよ。雨だけでは作物は育たない。だったら日照りが必要でしょう。お日様の言葉はたくさん浮かんだのだけれど、レインフィールドって長い名前を付けた人だったら、二人目の子にも長い名前をつけると思ったのよ。だったらサンシャインかなと思って呼んでみたのよ。殴られたけどね」


 私は笑った。でも、顔が痛くて、濡れたタオルで顔を冷やした。


「誰も、男の名前を知らないようだった。頭はクローネで第二頭はハルマ。辺境区で私が襲われたのは、故意だったかもしれないわね。レインに不満があって、レインの留守を狙って襲った可能性はあるわ」


 喉が渇いて、「レイン、レモン水をくださる」と言った。


「ああ」とレインは冷蔵庫のレモン水をグラスに注いでくれた。


 私を少し起こして、飲ませてくれた。


「ビストリ様、ビストリは、きっと今頃サーシャの王命の婚約話を聞いている頃かしら。お兄様に、サーシャもお兄様も危険だと報せて欲しいわ。ビストリは何かしてくるはずよ」


「ニナの話を聞いていると、父上はサンシャインに殺されたように思えてくる」


「その可能性も、確かにあるわね。子供を操るくらい容易くしそうよ」


「今、サンシャインは何も話さず。食事も手を付けない。情報が一つもないのだ」


「あの男は、国が手に入るかもしれないと言っていたわ。国はブルーリングス王国だと思ったわ。レインも襲う手筈をしていた可能性が高いわ。王が留守にいているブルーリングス王国を襲う可能性も考えられるわ。だって、あの土地にはビストリがいるんですもの。レイン、私は寝ているだけだわ。背中をさすってくれるマリアもいるわ。ブルーリングス王国に先に戻って見てきた方がいいわ。でも、ビストリには気をつけてね。他にも反逆者がいる可能性もあるわ」


「置き去りにしてもいいのか?」


「怒ったりしないわ。私はベッドで安静にしているのが仕事よ。レインの仕事をしてきて。でも、絶対に死なないでね。私を置いて逝ってしまったら、私はお腹の子を殺してしまうかもしれないわ」


「約束する」


 小指が重なった。


「行ってらっしゃい」


 レインは、私にキスをして、「行ってきます」と力強く答えて、出て行った。



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