第65話 物乞い


 私は孤独だった。


 夜も一人で眠るようになった。


 私のベッドは部屋のソファーだ。


 一日中、レインと顔を合わさない日もできた。


 レインは寂しくないのだと思った。


 出会いも突然だが、別れるのも突然なのだと思った。


 レインだけは私を愛してくれると思っていた。


 リリーの意識は戻らない。


 私はお見舞いに出かけるが、長時間はいてはいけないと言われている。


 白銀の長い髪が目立つと言われた。


 それなら、髪を切ってしまおうかと思った。


 ドレッサーの前で髪を切ろうと鋏を入れかけたときに、ラソに鋏を奪われた。



「ニナ様、今は心が不安定になっているのですわ。ブルーリングス王国の王妃ですよ。その髪はブルーリングス王国の王妃の象徴でございます」


「もう王妃など止めてしまおうかしら」


「ニナ様、レイン辺境伯と仲直りしてください」


「喧嘩なんてしてないわ」


「では、夜は寝室で休んでください」


「そういう気分ではないのよ」


 私はドレッサーの前から立ち上がった。


 できるだけ地味なドレスを着て、髪にストールを巻くと、部屋からこっそり出た。


 私の近衛騎士も気づいていない。


 少し散歩をしよう。


 そうだ、マフィンのお店に行こう。


 中央通りには、大きな公園もある。


 マフィンを買って、ベンチに座った。


 私のお小遣いも、もうなくなってきた。


 来られるのは、あと一回くらいだろう。


 どこかでお金を稼がないと、マフィンも買えない。


 今日は紅茶味のマフィンにした。


 サクッとして、中はふわりとしている。紅茶の香りが口に広がる。飲み物を買うとマフィンが買えなくなるので、マフィンだけを食べて食感と味を楽しむ。


 太陽の日差しは、真夏から秋の雰囲気を感じるようになった。


 パーティーは、来週行われて、調印式を終えたら、私も辺境区に戻るのだろうか?


 畑ばかりの、田舎だ。


 マフィンのお店もないし、可愛い雑貨のお店もなくなる。


 私が避難する場所もなくなる。


 レインは私を愛しているのだろうか?


 私はレインを愛しているのだろうか?


 マフィンを食べ終えて、ハンカチで口元を拭う。


 王宮に戻ろうか?


 それとも、久しぶりに散歩をするか?


 孤独で、寂しい。


 サーシャに会って元気をもらって来ようかしら。


 行き先はなかなか決まらない。


 サーシャにマフィンを買っていきたいけれど、皆の分を買うお金がない。


 王妃って、貧乏なのね。


 私は日雇いの仕事を斡旋しているお店に出向いた。


 この時間からだと、大金がもらえる仕事はない。


 看護師の募集を探すと、一つあった。


 私は受付をすると、看護師免許を見せてくださいと言われた。看護師免許は私の旅行鞄に入れっぱなしだ。取りに戻ると、もう外に出られないかもしれない。



「賃金は安いですけれど、草むしりの仕事は如何ですか?」


「では、それで」



 私は受付で名前を書くと、公園の草むしりの仕事を始めた。


 まだ暑い日差しにあてられて、身体がフラフラとする。


 私はこれほど、身体が弱かったかしら?


 腕を上げると、刀傷が痛むので、少しずつしかできない。


 そうだったわ、刀で斬られたときに出血が多くて、貧血になっていたんだったわ。


 弱い身体だわ。


 いいとこは見栄え。ただ、髪が白銀で長いことだけね。


 若くはないわ。


 会話は続かない。


 友達もいないわ。


 夫に愛されてもいないわ。


 愛は冷めるのね?


 まだ一年も経っていないのに。


 草を抜きながら、涙が零れていく。


「暑いのに、大変ね」と声を掛けてくれた夫人が、私の前にコインを投げた。


 チリンと硬貨が抜いたばかりの地面に転がった。



「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「草むしりより、教会の手伝いの方がもらえるぜ」と、同じ頃合いの平民の男の子が小銭を投げていった。


「ありがとうございます」


 私はお礼を言った。


 そうして私は夕方まで草を抜いた。


 得られる賃金より、私に硬貨を投げてくれた賃金の方が多かった。


 人の善意はなんと温かいのだろう。


 私のお財布も少し裕福になった。


 誰も私を迎えに来ない。


 私が居なくなったことも、誰も気づいていないのだろうか?



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