第34話 レイン帰国


 レインは出陣から16日目の夕方、帰国した。


 最終日は、途中から大雨が降ったが強行して帰ってきた。


 厩に、馬を預け、宮殿の中に入って行った。



「ニナ」



 大声でニナを呼んだが、宮殿はとても静かだ。


 既に夕食の時間だ。


 もう、部屋に戻って風呂にでも入っているのか?


 ぐっしょり濡れた身体が、気持ちが悪い。


 宮殿の奥へ進んでいくと、ハルマとビストリが姿を現した。




「今回は長くなった。ブリッサ王国と友好国になり、平和条約は結ばれたぞ」


「そうか、よかったな」


「それで王妃は連れてきたのか?」


「何を言っている?王妃はニナだろ?ニナはどうした?」



 ハルマとビストリの表情は、冷たい。


 今まで、こんな表情を俺に向けてきたことはない。


 留守の間、何が起きたのだ?



「そんな汚れた格好で、宮殿に入ってくるな。ニナ嬢が綺麗にした宮殿が汚れる」


「ニナが掃除をしたのか?王妃なのだから掃除などしなくてもいいのに」


「お披露目もせずに出かけるから、ニナ嬢はメイドだと思われていたぞ」


「そうか、すぐにお披露目をしよう。それで、ニナは何処だ?」


「ニナ嬢はレインに捨てられたと思ったのだろうな、宮殿から出て行き、盗賊に襲われて、俺達が駆けつけたときには倒れていた」


「病院に連れて行ったが、ずっと目を覚まさない」


「なんだと?」



 俺はハルマとビストリの顔を順に見た。


 ニナが怪我をしたのか?



「俺達はレインが帰ってこないから、出陣から10日目に援軍を送った。夕方に戻って来た援軍は新聞と写真を持って帰ってきた」


「援軍は、レインがブリッサ王国のエリザベス王女と結婚したと告げた。調印の条件は、エリザベス王女が王妃になることだと言ったな」


「ニナ嬢は新聞も写真も見ただろう。裏切られたと思ったのだろうな。気づいたら、いなくなっていた」


「歩いて中央都市に戻るつもりだったようだ。ドレスも指輪も持ち出さずに、部屋を綺麗にして出て行ったのだ」


「生きているのだろうな?」


「心臓はまだ動いている」


「どういう意味だ?」


「ことばの通りだ」



 俺は直ぐに病院に行こうとしたが、「そんな汚れた格好で行くのか」とハルマに言われて、拳を握った。



「今、急いで行っても、意識はない。ただ心臓が動いているだけだ」



 ハルマは淡々と言葉にする。



「ニナは死ぬのか?」


「実家には、危篤と報せを送った」


 俺は膝を突いて、頭を抱えた。


 ニナが危篤だと?


 愛するニナが?


 俺がニナを置き去りにして、エリザベス王女と嘘の結婚をしたからか?


 神はいたのか?


 ニナと誓い合っていながら、嘘でもエリザベス王女と誓い合った。その罰を与えられたのか?



「レインフィールド、風呂に入って、食事をしよう。それから病院に行こう」


 アルクが、俺の腕を引いた。



「落ち着け、レインフィールドはブルーリングス王国の王であるぞ」



 呆然としている俺に、アルクの怒声が響いた。


 俺はブルーリングス王国の王だ。


 しっかりしなければ。



「風呂だ、風呂の後は食事だ」



 久しぶりに聞くアルクの厳しい声に、身体が条件反射のように動く。



「立て!」



 俺は立ち上がった。


 顔を上げた。


 今日は休憩もせずに、馬で駆けてきた。


 昼食をとる時間も惜しくて、国に戻って来たのだ。


 俺もアルクも護衛騎士達もクタクタになっている。


 この汚れた身体を綺麗にして、食事をしなくてはならない。


 ハルマとビストリを置き去りにして、部屋に戻った。


 私室に入り、風呂に湯を溜めようとして、シャワーが付いていることに気づいた。


 だが雨に濡れて、冷え切った身体を温めなくては、風邪を引いてしまう。


 湯船に湯を溜めながら、頭と身体を洗う。


 湯に浸かりながら、ニナのことを考える。


 最初にニナと約束したことがあった。


 ニナは一つしか望まなかった。


 どんなに誘惑をされても誘惑を突っぱねて欲しいと。


 あの時は、妹のリリー嬢を気にかけていたが、エリザベス王女を選んだと思った時に、きっとニナとの約束を破ってしまったのだ。


 相手が誰であっても、俺はニナを一番に考えていたが、今回ばかりは、エリザベス王女の駆け落ちを助ける事で、騙すようにブリッサ王国と調印をすませた。


 俺はブリッサ王国の国王陛下も騙したことになる。


『この調印は無効だ』と言われても、仕方がない事をやらかしたのだ。


 そして、一番苦しめたのは、俺が愛しているニナだ。悩まし、だまし、裏切ったのだ。


 ニナには、しっかり謝らなくてはならない。


 どんな姿になっていようとも、ニナを受け入れよう。


 死神から、奪い返す。


 身だしなみを整え、食事に向かう。


 ダイニングルームには、アルクと俺の護衛騎士が集まっていた。


 俺が席に着くと、皆が頭を下げる。



「今日は疲れたと思う。食事を終えたらゆっくり休んでくれ」



 シェフ達が料理を運んでくる。


 お酒の類いはなかった。


 彼らも、今回の俺がしてきたことについて、物申すことがあるのだろう。


 口に出して言わないが、酒など飲んでいる暇はないと俺に告げているのだろう。


 誰も文句は言わない。


 食べ物があるだけありがたい。


 感謝して食べる。


 食べ終わると、俺は席を立った。


 ダイニングを出て行くと、俺の後から、アルクが付いてくる。



「病院に急ぎましょう」



 アルクは早足で歩いて行く。


 アルクは防水性の強いマントを羽織っている。



「すまない、アルク」



「レインフィールドがおしめをしていた頃から、お世話をしております故、どんなアクシデントがあろうと、ない知恵をしぼって、乗り越えてきたのですぞ。ニナ様は目を覚ますと心に願い会いに行きましょう」


「ありがとう、アルク」


 俺は馬車に乗った。


 アルクが御者をしてくれている。


 馬車はスピードを上げている。


 アルクも焦っているのだと、いつもと違うスピードと馬車の扱いで思う。


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