第32話 昏睡


 朝が来ても、ニナ嬢は目を覚まさない。


 医師が診察をしたが、様子を見るより仕方がないと言われた。


 殴られた時に頭に衝撃を受けたのか、倒れたときに衝撃を受けたのか判断ができない。


 どちらにしても脳に衝撃を受けた可能性が高いと言っていたが、今の技術では様子を見るより治療法はない。


 戦争中も、ニナ嬢のような症状の仲間が死んでいった。


 無性に腹が立つ。


 戦争が起きないように、我々はブリッサ王国と友好国になり平和条約を結ぶ事を願っていたが、レインは結婚した身で、ニナ嬢の許可もなく、他国の姫と結婚をしたことが許せない。


 ニナ嬢が死んでしまったら、レインを一生、恨むかもしれない。


 背中に傷があるから、横向きに寝かされている。


 ときどき、看護師に体位変換されている。


 静かに呼吸をしているのは、背中が上下することで認識できる。


 結われていた髪は下ろされている。


 薄いキルトを掛けられて、顔色は蒼白だ。


 女の子なのに、背中に傷を負って可哀想だ。


 傷一つ無い、綺麗な乙女だったはずだ。


 こんな辺境区に来なければ、盗賊に襲われなければ、もっと早くに俺達が探しに出れば……。いろんな後悔が押し寄せてくる。


 盗賊は今までも、村を襲ってきた。


 砦の監視を掻い潜り、突然、襲いかかってくることがあったから、村の巡回もしている。


 巡回をしても、敵は我々の隙を狙ってこの辺境区に襲いかかる。


 最近、盗賊が現れなくなってきていたので、俺は油断をしていた。


 どうして、今夜なのだ?


 レインが留守にしている今夜なのだ?


 今頃レインは、新婚旅行の真っ最中なのだろう。


 ニナ嬢が死にかけていることも知らずに、新婚旅行で新しい女とイチャイチャしているのか?


 レインとニナ嬢が手首にキスマークを付けて、巫山戯合っていたのは、まだつい最近のことだ。


 それと同じ事を、エリザベス王女としていると思うと、レインが許せない。


 ブルーリングス王国の存続を誰よりも望んでいたレインが、裏切った。                                                 


 ニナ嬢が呼吸をしている間に、ニナ嬢のご両親を呼んだ方がいいのか?


 後で、どうして報せてくれなかったと言われそうで、俺は悩む。


 宮殿に戻ったら、ビストリと相談しよう。


 それから、辺境区に現れる盗賊を捕まえなくては。


 ニナ嬢と同じ事が起きる可能性も出てくる。


 辺境区の男達は、国を守り、再建するように働きに出ている。村の家には幼い子供達と彼らの妻がいる。


 その妻や子供達が襲われたら、男達は反旗を振るう可能性が出てくる。


 レインの帰りを待つまで待てない。


 これもビストリと相談しよう。


 ニナ嬢の手に触れると、指先が荒れていた。


 水仕事をしていて、荒れてしまったのだろう。


 次に来るときは、ハンドクリームを持ってきてやろう。


 俺はニナ嬢の手をベッドに置いて、蒼白な頬にキスをした。


 レインがニナ嬢を捨てたなら、俺は全力でニナ嬢に求婚しようと思う。


 今はまだ、ニナ嬢はレインの妻だ。


 第二夫人にするつもりでも、許せない。


 俺は素直で、純粋なニナ嬢を自分の妻にしたい。


 それから、俺は宮殿に戻り、ビストリと相談する。


 ニナ嬢の実家に手紙を送ることにした。


 詳しい内容は控えた。ただ、危篤とだけ書いた。


 ニナ嬢の実家に馬が駆けていく。


 それを見送って、騎士達にニナ嬢が襲われたことを報せ、他人事ではないと説明して、盗賊の殲滅を目指した。


 ニナ嬢が襲われた場所は、近くに村があった。


 村を攻められていたら、もっと多くの者達が血を流し、命を落としていたかもしれない。


 皆、他人事ではないと知り、自衛団を作りたいと申し出があった。


 地区ごとで、定期的に巡回したいと彼らは望んだ。


 俺はそれでもいいと思った。


 そうして、自衛団ができた。


 レインが留守の時は、俺とビストリが、この地区を守っている。


 俺は朝と夜に、ニナ嬢を見舞っている。


 生きろと願う。


 まだ意識は戻らずに、眠ったままであるが、その手は温もりがある。


 レインに見捨てられても、俺が守ると誓いを立てる。

 

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