第30話 ニナ失踪


 夕食時間になってもニナ嬢が来ない。


 俺はビストリの名を呼んだ。




「なあ、援軍が戻ってきた時、ニナ嬢はいたか?」


「いたような気がする。新聞を見ていたような気がした」


「まさかと思うけど、出て行ったってことはないだろうな?」


「部屋を見てくるか?」


「その方がよくないか?」



 新聞にはたくさんの写真が載っていた。


 ウエディング姿の二人のツーショット、熱烈なキスシーン、仲よさげに歩く二人の姿。


 記事には、エリザベス王女が辺境区に嫁ぐと書かれていた。


 寂れた辺境区を立て直すために、ブレッサ王国から資金援助があるという。


 辺境区から見たら、かなり嬉しい内容だった。


 けれど、俺達は和平を望んでいたが、今は亡きブルーリングス王国を建て直す為に、血族が集まっていた。


 レインの血は、何処の国の物も混ざってはいない。


 そうして、ニナ嬢もまたブルーリングス王国の血を受け継いできた純血なのだ。


 容姿も二人とも、ブルーリングス王国の王族の姿を現している。


 これ以上ないほど、ブルーリングス王国の象徴を持った二人が揃うことはないと思えた。


 ニナ嬢があの新聞を読み、写真を目にしたら、レインを信じることはできないかもしれない。


 俺達はニナ嬢の部屋を訪ねた。


 ノックをしても、返答はない。


 扉を開けてみると、部屋は暗かった。


 灯りを点けて、部屋の中に入ると、綺麗に掃除がされて、誰かが住んでいた痕跡が感じられない。


 手紙の類いも残されてはいない。


 ベッドルームは綺麗に整えられて、これから客人が来たら、そのまま使えそうなほどだ。



「ニナ嬢は、出て行ったかもしれないな?」



 クロークルームには、美しいドレスが掛かっていた。宝石箱には綺麗に宝石が並んでいた。


 ゴミ箱に、白い何かが入っていた。


 出してみると、白いドレスだった。



「このドレスは見たことがあるな?」


「結婚式に着ていた物だな」



 俺は畳んで、棚に置いた。



「レインが贈った物は、何一つ持ちだしてはいないようだ」


「ニナ嬢はお金を持っていたのだろうか?」


「看護師として働くつもりだったから、お金は持っていなかったと思うよ」


「どうする?捜索隊を出すか?」


「だが、ニナ嬢を捨てたのはレインだ。調印の為だとしても、妻にした者がいながら、王妃を娶ったのだぞ」


「レインはニナ嬢を第二夫人にするつもりだったのかもしれない」


「もし、サーシャがこの立場だったら、許せるか?」


「許せない。レインを殴っても気が済まない」


「今なら、それほど遠くまでは行ってはいないと思うが」


「俺達が迎えに行っても、帰ってこないと思うよ、ニナ嬢が待っていたのはレインだから」


「レインが戻って来たら、レインの好きにさせたらいいんじゃないか?ニナ嬢が必要ならば、草の根分けてでも探すであろう」


「それなら、このまま様子を見ることでいいか?」


「そうするより仕方がない」



 俺達はニナ嬢の部屋から出た。


 念のために、サロンも見たが誰もいなかった。


 宮殿が生まれ変わったように、綺麗になっている。


 一日中、ニナ嬢が掃除をしていたからだと思う。


 これからは日々、汚れていくのだろう。



「レインがいらないと言うなら、俺が立候補すればよかった。そうしたらブルーリングス王国の血を残すことができたのに」



 あれほど美しい令嬢は見たことがなかった。


 レインが娶ると言うから、身を引いたが、ニナ嬢は心優しく、美しかった。


「ハルマ、ニナ嬢が好きなら、遠慮はいらないのではないか?今はまだ、次の宿場町までは到着していないはずだ」


「保護ならいいか?」


「夜道は危ない。年頃の女性の一人旅は危険だ」


「探しに行くか?」


「行こう」


「俺は金を用意する」


「俺は馬車を用意する」



 ビストリは駆けていった。


 俺は自室に戻ると、家族に手紙を書いた。それから旅の間の金を用意した。


 このまま放置はできない。


 レインがいらなければ、俺がもらう。


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