第19話 気配


 人の気配がして、目を覚ました。


 私はベッドから降りて、部屋に移動した。


 テーブルにはトレーに載った食事があった。


 私が書いた手紙は、持って行ってくれたようだ。その代わりに、レインからの手紙があった。


 綺麗な文字で、文字からも誠実さが伝わってくる。


 そこには私が眠っていたので起こさなかったと、したためられている。


 目が覚めて、食べられそうなら食べて欲しいと書かれていた。


 人の気配は、クロークルームからしている。


 私は静かにクロークルームに入っていった。


 そこにはアニーがいて、私のドレスを着ていた。


 15才のアニーには、私のドレスは当然大きすぎる。


 裾を引きずって、宝石箱を開けて、いろんな物に触れている。




「アニー、何をしているの?」



 アニーはビックリして飛び上がっている。



「あの、綺麗だったから」


「そのドレスはアニーには大きすぎるし、アニーの物ではないのよ。勝手に触れてはいけません。宝石箱の中の物もレイン辺境伯からいただいた大切な物です。手に持っている物を全て置きなさい」


「はい、すみません」



 アニーの指は、大量な指輪をはめている。


 サイズも合っていないのに、綺麗な物に惹かれてしたとしても、主人の物に勝手に触れることは、メイド見習いだとしても許されることではない。


 指に触れていた指輪を、宝石箱の中に急いで落として、慌てて蓋を閉めている。


 綺麗に並んでいた指輪は、ぐちゃぐちゃになっている。


 ドレスのファスナーが届かないのか、無理矢理脱ごうとしている。


 このままでは、ドレスが破れてしまう。


 仕方なくファスナーを下ろしてやると急いでドレスを脱いで、ハンガーに掛けようとしているけれど、上手くできないようだ。



「そのままにしておきなさい」


「はい」



 そのドレスは、昨日私が着ていたドレスです。


 純白で、ウエディングドレスの代わりにしたドレスです。


 汚れがないか見ると、裾に埃が付き少し黒ずんでいます。


 それから、襟元も汚れています。


 農家の子なので、お風呂は毎日、入っていないのかもしれません。


 薄汚れたドレスを抱えて、記念のドレスが汚れてしまった事が悲しくてしかたがありません。



「ニナ様、ごめんなさい」


「許せません。このドレスはウエディングドレスの代わりにしたドレスです。大切な思い出のあるドレスです」


「ニナ様、すみません」



 私はドレスを畳み、棚の上に置きました。


 これは洗わなければ、綺麗になりません。


 アニーはまだネックレスと髪飾りを付けていました。


 それを外して、元の場所に片付ける。


 宝石箱の中に散らかった指輪も、元の場所に戻していく。


 アニーは立ったまま、その様子を見ています。


 いい子だと思っていたのに、主人の物を勝手に触るなんて信じられません。



「もうしては、いけませんよ」



 私は怒っていたけれど、15才の女の子なら興味を持つ物だと、自分の怒りを抑え込みました。



「はい、もう触ったりしません」


「約束よ」


「はい」



 アニーは深く頭を下げたので、アニーを許すことにしました。



「アニー、洗濯場に行って、洗濯石鹸をもらってきなさい。これは、アニーが汚してしまったから、洗わなくてはならないのよ。だから、石鹸をもらってきなさい」



 アニーはじっと私を見て、頭を下げた。



「行ってきます」



 アニーが何を思って私を見ていたかは、私には分からない。けれど、その視線は反抗的な視線だった。


 素直だと思っていたけれど、心の中までは知ることはできない。


 これからは気をつけよう。


 私は取り敢えず、食事を食べることにした。


 ドーム型の蓋を開けると、なんだかスッキリした食事だった。


 サンドイッチは、二きれ。


 スープは三分の一ほどになっている。


 サラダは普通だった。


 グラスは二つに水が入っている。


 イチゴは二個お皿に載っていた。


 スプーンとフォークは洗い立てのように、トレーに水が残っている。


 誰かが食べた後のように見えた。


 まさかとは思うけれど、アニーが手を付けたのかしら?


 私はドーム型の蓋をした。


 これを運んできたレインに確認すれば、分かることだ。


 私は朝食を諦めた。


 誰かが手を付けた食べ物を口にするのは不潔だし、万が一、毒が入っていたら危険だ。


 ノックもなしにいきなり扉が開いて、私は驚いて飛び上がった。


 入ってきたのは、アニーだった。



「石鹸を貰ってきました」


「アニー、扉を開けるときはノックをしてくれないかしら?いきなり入ってきたら驚くでしょう?」


「これから気をつけます」


「そうね、これからは気をつけてね」


「食事を終えたのですか?」


「いいえ、食事は後にするわ。先に洗濯をしてしまうわね。アニーはもう帰ってもいいわよ」


「どうして、そんな意地悪なことを言うのですか?」


「意地悪ではないわ。これから、ドレスを洗濯するのよ。アニーに洗濯はできないでしょう?今日は帰っていいわ」



 アニーは私を睨んだ。


 憎しみの眼差しが、私を射貫く。


 どうして、これほど憎まれなければならないの?


 悪いことをしたのは、アニーよ。



「私が汚したから、怒っているのね?」


「そうね、怒っているわ。今日は帰ってください」



 アニーは私を睨んで、部屋から出て行った。


 最初の印象とは違っていて、戸惑う。


 私はアニーの後ろ姿を見て、考える。


 中央都市のメイドでは考えられない。


 主人の持ち物に触れる事も。


 況してや、主人のドレスを勝手に着るなんて。


 どうしたらいいの?



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