第7話 たくさんのドレス


 アニーがクロークルームに連れて行ってくれた。


 これは、また凄い。


 今は春だが、色とりどりのドレスが春物から夏物まで揃っていた。靴やバック等の小物の類いまでセンスのいい物が綺麗に整理されていた。


 宝石箱の中にも、幾つかの宝石のついた髪飾りやネックレスなどが並んでいた。



「アニーが並べてくださったの?」


「いいえ、私は今朝、レイン辺境伯に受け持つように言われました」


「こんなに綺麗にしてくださったのは、他のメイドかしら?」


「この要塞には、正式なメイドはおりません。洗濯も農家から通いできているメイドしかいません」


「それなら、誰がこんなに綺麗にしてくださったのかしら?」



 私は首を傾げる。


 まだバスローブ姿の私に、アニーが「ドレスをお召しください」と言う。



「私、この青いドレスが気になっているんです。胸元のフワフワしたものが可愛らしくて」


「これは、レースというのよ」


「レースですか?」


「では、この青いドレスを着てみましょう」



 下着や靴も、必要な物が全て揃っている。


 アニーが目をキラキラさせながら、じっと私を見ている。


 バスローブを脱がなくては、着替えられないのだけれど、どうやら着替えも見たいらしい。


 困ったわね。


 人前で肌を見せるのは、嫌なんだけれど。




「ねえ、アニー、着替えたら見せるから、着替える間、外で待ってくださらない?」


「気づかずに、ごめんなさい」



 アニーは頬を真っ赤にして、クロークルームから出て行った。


 アニーは15才くらいだろうか?


 幼さが残る顔立ちに、好奇心旺盛そうで、きっと初めてドレスも見るのだと思う。


 アニーに着せてあげようかと思ったけれど、このドレスも借り物だと気づいた。


 勝手に着せたら、やはりよくないと思った。


 着替えて、クロークルームから出て行くと、アニーは両手を胸の前で握って「なんて素敵でしょう」と感動的な声を上げた。


 髪はまだ湿っているので、タオルで纏めているのに。


 とても純真な子だ。



「褒めてくださってありがとう」



 私は鞄から化粧水などを出すと、それらを持ちドレッサーの前に座った。


 櫛で髪を梳かし、お肌に化粧水を塗り、お肌を整えていると、アニーは私の横に来て、じっとその様子を見ている。


 私はアニーを見て、微笑んだ。



「お肌がしっとりするのよ」


「そうなんですか?私は肌に塗る物は持っていないので、どれも初めて見る物です」


「アニーは、まだ若いから大丈夫よ」



 私は若いという言葉を意識して使った。


 若くても、貴族のお嬢様は幼い頃からお肌のお手入れはする。


 それは物心ついた頃には、既にしていて、寧ろお肌のお手入れをしないと落ち着かないのです。


 実際、お手入れをした肌と放置された肌は、長い年月を経って比べると肌の明るさやきめの細かさが違うので、母親が女の子供に教える事の一つになっている。


 貴族の子は、お付きのメイドが、お手入れをしてくれるので、自然に学んでいくことが多いが、小さな子供のうちは嫌がったりするので、やはり母親が子供に教え導く。


 私もお母様に、小さな子供の頃に、女の子ならお手入れをするのが常識だと教わった。


 そして、ニクス王国では、髪の長い女性は特に美しいと言われているので、髪のお手入れも大切で長く伸ばすように教えられる。


 私の髪は幼い頃から切ってはいない。床に付くほど長くなると、毛先を切って整えるのが一般的だ。だが、床を引きずるのはマナー違反だ。できるだけ長く伸ばして、高い位置で巻いたり、飾りを付けたりしてお洒落をする。それがニクス王国の貴族の女性の正装だ。


 お母様も私と同じように、床に付くほど長い髪をお持ちだが、妹のリリーは、肩の上で揃えている。


 その長さだと、幼く見えるのだ。


 成長途中の子供のように見えて、リリーはよく可愛いと男性に褒められている。


 貴族の令嬢、夫人には、恥知らずと言われている。


 成人している娘としては、髪が短いことは褒められたことではないが、ニクス王国の風習に捕らわれない破天荒さが、一定数の男性にウケるようだ。


 そんな破天荒なリリーだから、注目されるのか?


 私の女友達を奪い、男友達を奪い、彼氏を奪い、婚約者を奪い、私を婚約解消までさせてしまう。


 今回は離婚までした。


 もう、あの子とは縁を切ってしまいたいと思うようになっている。


 こんな遠方までやって来た理由の一つでもある。


 でも、こんな遠方までやって来たお陰で、素敵な出会いもあった。


 レイン辺境伯。


 素敵な殿方だった。


 精悍なお顔立ちは、今まで出会った殿方とは違った魅力があった。


 私と同じブルーアイも出会った事はなかった。


 私の祖母が、私と同じ髪色と瞳の色をしていたのは覚えている。


 私は髪を乾かして、ニクス王国の貴婦人の髪の留め方で、高い位置で纏めて、長い髪を下ろす。


 自前の髪留めで、落ちてこないように留める。



「ニナ様、とても美しいです」


「ありがとう」



 私は微笑んで、アニーの髪を櫛で梳かしてあげた。



「素敵、気持ちがいいわ」


「綺麗になったわよ」




 アニーは鏡を覗いて、笑顔になった。



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