第12話 傷口

暫く話していると、急に強風が吹いてきた。

かと思えば大量の魔物が集まってくる。


「魔物だ、女性は全員下がれ!」


これも昔読んだ本に載っていたことだが、恐らく人の気配がすると強い殺意を持って寄ってくる虫型にしては巨大な魔物、ブルートフレーサー血を喰らうものだろう。


「うっわ、だりィ。マジで多すぎんだろ。弱点とかねえのかよ」

「ブルートフレーサー、目玉を食べると美味しいと書いてあったわね…弱点は個体によって違うけれど大体は炎と光に弱いらしいわ」


話している間にも、相手は殺しにかかってくる。


幼虫型の可愛らしい見た目で少し可哀想になってくるが、危険なので相手がその気なら受けて立つしかない。


実際、この魔物に襲われて亡くなった人は山ほどいるのだ。


浄化なさいピュリフィカシオン


唱え終えた瞬間、あたりに白い光が降り注ぐ。


大体の個体は消せたが、光が弱点とならない強い個体には効いていない。そういうものはフルボッコにしないといけないようだ。



「効いてないヤツとか勘弁だよ、…ったく。

いきなりやばそうなヤツとか聞いてねぇっつーんだよ」


文句を言いつつもシルヴェスターが真っ先に戦闘体制に入る。

囲まれている分、こちらが不利だ。


武器はあまり使ったことのない私にできることはあまりないが、格闘は少しならできる。

殴るしかないだろう。


そこで私は忘れてはいけないことを思い出す。

ブルートフレーサーには鋭い牙があり、格闘中に噛まれて血を吸われることがあるのだ。

毒がない分比較的安全だが。


背後を取ればいけるだろうか。

私はブルートフレーサーめがけて拳を振り下ろす。

成功した。とりあえず一体は仕留めた。


足元にいるもう一体と、迫ってくる二体にかかと落としをした後、回し蹴りを喰らわせて倒し終えた時だった。

バランスを崩した時に受け身を取った右腕に鋭い痛みが走ったのは。


「っッ…!!」


戦いの邪魔をしてはいけない。

私の右腕ごと、牙を刺したままのブルートフレーサーを地面に叩きつける。


「いったいわね、この畜生!」


確か、鋭いものが刺さった時は引き抜いてはいけないはずだ。

幸いまだ誰にも気付かれていない。


とりあえず止血だ。

流血している、ということはその中にある魔力マナも一緒に流れ出ている、という事だ。これでは魔力不足になり、最悪の場合昏睡状態に陥る。



「ソフィア、あんた怪我してんだろ。見せな」


シルヴェスターが、ブルートフレーサーの亡骸を、刺さった牙だけを残して器用に切っていく。


「無茶すんなよ。今からキツイこと言うけどな、その無茶が自分と仲間を破滅に導くこともある」


そして彼は意味ありげに空を見上げて言った。


「……昔は俺もあんたと一緒だったな」


普段の馬鹿そうなシルヴェスターとは違う、儚げな憂いを帯びた表情で。


「どこが同じよ…」


なんとなく、それ以上は触れてはいけない気がした。

次の瞬間には、普段の彼に戻っていた。


「未使用のハンカチはあるか?ガーゼでも良いが」

「さっき止血で使ってしまったわ」


敵を全て倒したロレンツォ様が私の怪我に気付いて駆けてくる。


「何があった!!」

「まあ落ち着け。騎士サン、ガーゼかハンカチは持ってねぇか、血がついても良いものを」

「ああ、今持ってる。魔力回復剤と軟骨は必要か」

「ああ、あると助かんな」


聖女として役に立ちたくてした行為が裏目に出てしまい、やるせなさと申し訳なさが込み上げてくる。


「折角してくれている手当だけれど…もういいわ。毒も無い魔物だし。守るはずの立場の私が迷惑をかけてばかりね…」


こんなこと言っても逆に心配をかけるのは分かっている。


「黙れよ、喋ってると傷が開くぜ?」


包帯を巻いてくれる二人は頼もしかった。

本来なら嬉しいことのはずが、それが逆に心に沁みるのだ。

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