FORCE-LINE CHRONICLE

夜摘

第1話-① because of-


ふと強い風が過ぎ去る。

読んでいた古びた日記から目を離し、テラスから見える外の夕陽を見て、眩しそうにしている年老いた女性。


外には遠くまで砂漠が広がっている。


少し寂しそうな目をして瞼を閉じた時、後ろから足音が聞こえた。

年老いた女性がゆっくり振り返ると、差し込む夕日のせいなのか、薄紅色の髪をした女性が口を開く。


『おばあちゃん、時間だよ』


年老いた女性は何かを理解したように頷き、日記を閉じる。









ーー<西暦と呼ばれた時代が終わり4033年4月3日15時20分>ーー






『・・あにぃ・・・その・・力・・・・・き・・・・』


あぁ・・・・また同じ夢を見たんだな。


もう、すべて終わったというのに、俺はいつまでも変わらないんじゃないかとつくづく思う。


曇ったこの胸の内が、晴れる日はあるのだろうか。


そう思いながら、ぼーっと天上を見た。


あいつが見たら、今のだらけきった俺をきっと叱ってくれるんだろうな。

この無機質な空間だと、余計に何も考えたくなくなってくるもんだ。



<コン・コン>と、ノックの音がした。




「どうぞ」



すぐに返事をした。


扉がスライドし、キチンとした身なりをした女性が入ってくる。

と、いっても見慣れた軍服だ。



『ミナツキ中尉!』



あぁ・・やっかいなのが来たな。

俺はこいつが少し苦手だ。



『何度も呼び出したのに、応答しないのは何故ですか!!』



さっそく怒られてしまった。

彼女の顔は少し・・いや、かなりご立腹の様子だ。

あ、これ絶対怒鳴られる。

いや、もう怒鳴っているな。



「これはこれは、コルバート少佐。」



『なんで裸なんですか!』



怒るところそっちか?

すいませんすいませんと、小声で言いながら俺は近くに脱ぎ散らかした服を手に持った。



『あなたは、昔から・・・』



始まった。

ユアの世話焼き癖。

お前は俺の母ちゃんかよ。



「と、いうかユアさ・・・。」



『コルバード少佐です!』



はいはい、そーでしたね。

癖は抜けないもんだ。



「じゃぁさ、俺を中尉って呼ぶのも間違ってないか?」



彼女は気づいたのか、口をつぐむ。



「俺は傭兵だろ?もう軍に所属してないんだから、中尉って呼ばなくていいぞ」



『わかっています。わかって・・いますが、私にとってミナツキ中尉はやっぱり中尉であり、教官でもあるので、それは・・・変わりません。』



律儀というか、真面目というか・・・。

これはこれで、彼女のいい所でもあるな。


今でも叱ってくれる奴がいるなと気づいた俺は、ふっと笑みがこぼれてしまった。



『あ!なんで笑ってるんですか!』



やばい、顔に出てしまったか。


こうなったら、長い説教が始まってしまう前に俺が取る行動はひとつだ。



「ユア、お前は昔から真面目でいつも俺についてきてくれた。」


ユアの肩に右手を置き、一言目を伝えた。

そして、次に両手を彼女の肩に置き、俺の方へぐっと振り向かせた。


『な・・な・・・・なにを・・・』



ユアは顔を真っ赤にしている。

こういう時に女性に伝える言葉は・・・その人の特徴を褒めることだ。

俺はこっちの戦場も生き抜いてきた男だ。



「ユア・・お前は・・・・・」



俺は顔を近づけながら、トドメをさすつもりで言葉を放とうとした。



だが思いつかない。

ユア相手だと何も思いつかないぞ。

かなりマズイ。

絞り出すんだ。

俺ならやれる。



次の瞬間、視界が少し白くなった・・・・・。



どうやらユアの一撃をもらったようだ。


寝起きで頭が回らないせいか、大きなミスをしてしまった。


ユアの方を見ると、ぜぇぜぇと言いながらこっちを鬼の形相で見ている。

真っ赤だ。


俺はまた、すみませんすみませんと言いながら、上着を着た。



我に返ったユアが話始めた。



『ミナツキ中尉、依頼任務です。直ちに準備してください』



任務ね。

ん?わざわざ少佐であるユアが呼び出しに来たのは何故だ?

部下に呼び出し命令すればいいものを。



「りょーかい」



『時間がありませんので、このまま車庫に向かいながら説明します』



緊急なのか。

作戦会議室にもよらずに、直接車庫とはね。

俺は2本の武器を装備し、ユアと共に部屋を出て軍施設の廊下に出た。



ユアは少し急ぎ足だ。

俺もユアの速度に合わせながら、ジャケットを羽織った。




『今から1時間前に、未確認飛行物体を捉えました。』



飛行物体だと?

この時代の資源リソースでは、飛行機なんか作れるわけないんだが。

そもそも燃料でさえ、生産と確保が厳しい世界だ。

電力供給もままならない戦後のこの時代に、飛行物体という響きは謎と恐怖が同調する。



「着陸予定地点は?」



さすがの俺も真剣にならざるを得ない。

さっきまでのだらけた意識から切り替えが必要だ。


ユアの方を見ると、足を止めて、少し俯いている。

着地予定地点を問いただしてから、間があいている。


言いにくいことなのか。


だが、俺はすぐに理解した。



楽園エデンか?」



先に俺が言い放つと、ユアは申し訳なさそうに返事した。



『はい・・・・・・』



無理もない。

昔から俺のことを知っているユアからすれば、楽園エデンへの出動命令は、気が引けるところがあるのだろう。

この子は優しい。

軍人向きではないと、以前から思っていたが。



「ユア、気にするな。お前も上官からの命令で動いているんだ。こんな時のために、俺みたいな傭兵がいるんだから」



『ですが・・・・・』



ユアはまだ気にしているようだ。


俺はユアの頭にぽんと手を置いた。



「俺が死ぬことなんて、想像できないだろ?だから任せておけよ」



『はい!』



ユアの顔に活気が戻った。

そうだ、お前は少佐なんだから、感情に左右されちゃダメだ。



「着陸予定時間は?」



『16時50分頃と予測されてます』



ユアがそう答えると、着陸予定地点の座標が俺の端末に転送された。


端末を見ながら俺は頷き、車庫へと再度足を動かした。

車庫へ近づくにつれ、周囲の兵たちの動きもあわただしくなっている。

このコアール国陸軍との契約もまだ少し残っているし、俺は俺の役目を果たそう。



「2輪自動車ツインビーグルを使う」



車庫にいる、兵士に伝えるとすぐさま準備に取り掛かってくれた。

兵士に声をかけたあと、後ろへ振り返るとユアが立っている。



『中尉、お気をつけて』



「だから、もう中尉じゃないぞ」



その会話の間に、2輪自動車ツインビーグルが目の前に用意された。

早いもんだ。



『おいおい、若奥様の見送りかぁ?』



この下品な声はマーシマだな。

声の方を見ると、鍛え抜かれた身体に長身のマーシマが立っている。

こいつは、このガタイで兵士じゃなく整備士だ。

いくら殴っても、倒れなさそうな熊みたいなやつだ。

そして下品だ。



『マーシマさん!』



ユアが顔を真っ赤にしながら、怒っている。

なんだ、照れているのか?

いや、ユアに限ってそれはないな。



『ザッド、お前、楽園エデンに行くんだってな?』



マーシマも少し心配そうに顔を近づけ、俺に話しかけてきた。



「お前ら心配性なんだよ」



俺はマシンにまたがり、ゴーグルをかけた。



基地の扉が大きな音とともに開く。

軍事国家であるコアール国からの出口は、この陸軍基地からが一番早い。


扉が開いた先には、戦後廃墟となった建物の瓦礫が多数転がっている。



「じゃぁ、行ってくる」



ユアとマーシマに向け一言伝えて、基地を後にした。



まわりの兵士達は、敬礼をして見送ってくれた。



いいやつらだ。

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