第4章「こども賢者に、ざまぁ」⑵

 紹介された賢者がいるという神殿の前には、長蛇の列ができていた。格好からして、ヨシタケ達と同じ冒険者パーティだろう。最後尾には係員と思しき男性が「こちら最後尾」と書かれたプラカードを掲げ、立っていた。

 列の先は全く見えず、紹介してもらった賢者がどのような人物なのか、どのような課題が出されているのか、全く分からなかった。


「人気ラーメン屋……いや、同人誌即売会か? 行列なんてこの世界に来てから初めて見たから、なんだか懐かしいな」

「私達、今からこの列に並ぶんですか……?」

「嘘だろ……?」


 見慣れぬ行列に仲間達が呆然とする中、ヨシタケは謎に懐かしみを覚え、テンションが上がっていた。

 何の抵抗感もなく行列の最後尾へ近づき、係員の男性に声をかけた。


「あ、プラカード持ちます」

「え?」

「え?」

「……」

「……」


 一瞬の間があった後、ヨシタケは男性が係員だと気づいたのか、何事もなかったように平然と列へ並んだ。


「お前ら、どうかしたか? 早く来いよ」

「は、はい」

「今の間は何だったんだ?」

「さぁ? あいつの世界では、列に並ぶ時に看板を持つ文化でもあったんじゃないか?」


 ヨシタケに呼ばれ、仲間達も列に並ぶ。

 すると係員の男性が「推薦状をお見せ下さい」と手を差し出してきた。


「推薦状?」

「何だそりゃ?」

「ノストラ様の課題を受けるために必要な書類ですよ。上位賢者もしくは上位魔法使いから"このパーティはノストラ様の課題を受けるに相応しい、優れたパーティである"と推薦されなければ、この列に並ぶことは許されないことになっているのです」

「マジか?!」

「そんなものが必要なんて、聞いてないですよ?!」


 存在すら知らなかった書類に、ヨシタケ達は驚き、係員の男性に食ってかかる。

 しかし係員の男性は「ダメなものはダメです!」と、プラカードを持っていない方の手でヨシタケ達を列から追い出した。


「いかなる理由であっても、推薦状がなければ列に並ぶことは許されません! お引き取り下さい!」

「いかなる理由であっても、って……魔王に世界を滅ぼされてもか?!」

「そうです!」

「我が力づくで通ると言ってもか?」

「当然です!」


 いくらヨシタケ達が食い下がろうが、係員は首を縦には振ってくれなかった。

 そのうち、最後尾に並んでいた冒険者達がヨシタケらを見てクスクス笑い出した。


「おいおい、また推薦状をもらえなくて力づくで列に並ぼうとしてる奴らがいるぞ」

「推薦状すらもらえないクソザコパーティのくせに、何で課題がクリアできると思ってんのかねぇ?」

「プークスクス」


 彼らの声はヨシタケ達の耳にも届いていた。

 ヨシタケとザマルタは辛うじて顔をしかめるに留めたが、


「ンだとコラ!」

「その口、食い千切ってやろうか?!」


 血の気の多いザマビリーとダザドラは露骨に反応し、チンピラ丸出しで襲いかかろうとした。

 仕方なくヨシタケはダザドラをポケットに突っ込み、出られないようボタンを留めた。さらに、ザマルタと二人がかりでザマビリーの腕に飛びつき、最後尾の連中から引き離した。


「ここで騒ぎを起こすのは不味い。一旦引こう」

「きっと何か手違いがあったんですよ。斡旋所に戻って、聞いてみましょう?」

「うっせぇ! 今すぐアイツらをざまぁしねぇと気が済まないんだよ!」

「それは後にしよう。な?」

「そうですよ、後にしましょう。後で確実にざまぁして〈ザマァ〉しましょう」


 ヨシタケとザマルタは最後尾にいるパーティへの殺意をもらしつつ、ザマビリーを説得した。

 ヨシタケのポケットの中でピンボールのように暴れていたダザドラは二人の言葉を聞き、「ざまぁするつもりではあるんだな」と落ち着いた。




「おい、最後尾の係員! さっさとそいつらを連れて来い!」


 その時、列の遥か先から少年のような声が聞こえてきた。メガホン越しなのか、少々声がくぐもっている。

 列に並んでいる者達の様子を見るに、どうやら例の賢者がこちらに向かって喋っているらしかった。


「へ?」


 係員は賢者が誰のことを言っているのか分からず、キョロキョロと周囲を見回す。

 賢者は係員の行動が見えているかのように「チッ」とイラ立ち、舌打ちすると、再度声を張り上げた。


「お前が今まさに追い出そうとしている四人組だよ! ヨシタケ、ダザドラ、ザマルタ、ザマビリー……さっさと僕の前へ連れて来い!」

「え、えぇっ?!」


 係員の男性は戸惑っているのか、ヨシタケ達と賢者がいる方とを交互に見ると、首から下げていたメガホンを使って賢者に尋ねた。


「そ、それは……"彼らを捕縛せよ"という意味でしょうか?」

「バカか! 僕は"連れて来い"と言ったんだぞ?! 課題を受けさせるために決まっている!」


 これには、並んでいる者達全員がどよめいた。推薦状がない上に、列に並ばずに課題を受けさせてもらえるのは、あり得ないことらしい。

 係員の男性も動揺を隠せず、賢者に再び尋ねてしまった。

 

「し、しかし! 彼らは推薦状を持っておりませんよ! それでも良いと仰るのですか?!」

「良いも何も、そいつらは既に推薦されている。かの大魔法使い、ザマァーリンにな」


 ザマァーリンの名が出た瞬間、列に並んでいる者だけでなく、列の周囲にいた者までどよめいた。

 係員の男性も驚きのあまり、絶句した。


「ざ、ザマァーリンだって?!」

「王国一……いや、世界一の魔法使いの、あのザマァーリン様?!」

「冗談だろ?! 姿すら見たことないのに!」


 それは、ザマァーリンの存在を知らなかったザマルタとザマビリーも同じだった。


「ザマァーリン様ですって?!」

「俺達、大したことしてねぇぞ?! いつのまに推薦なんてもらってたんだ?!」


 ヨシタケは真実を隠そうと「さ、さぁ?」と首を傾げる。

 しかしダザドラがさらっと


「あの女、ザマァーリンだったのか。どうりで強そうだと思った」


 と、ヨシタケのポケットの中でこぼしてしまった。

 ザマルタとザマビリーはすかさず、ダザドラを鷲づかみ、問い詰めた。


「ダザドラさん、ザマァーリン様と会ったことがあるのですか?!」

「いつ?! どこで?!」

「ヨシタケが我を倒しに来た際に、連れておったのだ。二人がどのように知り合ったのかは知らんがな」

「ヨシタケさんが……?」


 ザマルタとザマビリーはぐるっとヨシタケの方を振り向き、疑いの目で彼を見た。


「そんな大事なことを、ずっと黙ってたんですか?」

「冷たい奴だなぁ。肉屋のおばちゃんに"ザマァーリンと会ったことがある"って言や、オマケしてくれたかもしれねぇのに」

「そのザマァーリン本人から口止めされてたんだよ。あの人が有名人だってことも、あの人から推薦してもらっていたのも、今知った」


 ヨシタケは不服そうに答えた。

 ザマァーリン本人が望んだことであれば、何も返せない。ザマルタとザマビリーは「それなら、仕方ない」と渋々納得した。


「ちなみに、ザマァーリン様ってどんな方だったんですか?」

「噂じゃ、すっげー美人らしいじゃん? 本物はどうだったんだよ?」

「うーん……」


 ヨシタケはこれまでに見てきたザマァーリンの姿を思い返し、答えた。


「鬼……かな」

「鬼?!」

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