第1章「異世界転生して、ざまぁ」⑶


「〈ザマァ〉ッ!」


 ヨシタケは自分の「ザマァ」の声で目が覚めた。

 見慣れぬ木造家屋の一室だ。

 内装はシンプルで、ベッドと机と椅子とクローゼットという必要最低限の家具しかない。ヨシタケの三種の神器であるラノベとスマホとパソコンは見当たらなかった。

 服もいつのまにか着替えさせられており、ファンタジー世界で村人が着ているような簡素な作りの服を着ている。クローゼットの中にも同じようなデザインの服が何着も入っていた。

 年齢は体つきを見るに、十代半ばから十代後半くらいに若返っていた。


「……どうやら無事に転生したらしいな。実際に魔法とかモンスターとか見るまでは信じらんねーけど」


 その時、外からドアをノックされた。


「ヨシタケー! いい加減、起きなさーい! 今日から勇者として冒険の旅に出るんでしょー?! アンタだけ遅刻したら、お母さん恥ずかしくて、外歩けなくなるじゃなーい!」

「母さん?」


 ドアを開けると、ヨシタケの母親によく似た女性が立っていた。

 母親もヨシタケと同じように、ファンタジー世界の村人が着ているようなワンピースを着ている。ドッキリにしては、堂々としていた。


「なんだ、起きてたの? だったら、早く支度しちゃいなさい。お城からの使者の方が家の前で待ってるから」

「……何で転生しても"ヨシタケ"のままなんだ? 普通、ラルフとかアーサーとかじゃないのか?」

「いいじゃない、ヨシタケ。古代ザマール語で"正義の勇者"って意味なんだから。勇者に選ばれたヨシタケに、ぴったりの名前でしょ?」

「へー、ヨシタケってそういう意味だったのかー。全然知らなかったわー」

(いや、絶対違うだろ)


 ヨシタケは内心ツッコミつつ、身支度を済ませ、家の外へ出た。

 家の前には、つややかな毛並みの白馬が二頭繋がれている、立派な馬車が止まっていた。


「おはようございます、ヨシタケ様。お足元にお気をつけてお乗り下さい」

「は、はぁ」


 ヨシタケは馬車に負けずとも劣らない美形の御者に急かされ、馬車へと乗り込む。豪華な馬車とヨシタケの身なりは、ひどくアンバランスだった。


「ヨシタケ、行ってらっしゃーい。王様に失礼のないようにするのよー」


 母親が家の前に出て、ヨシタケに手を振り、見送る。

 息子とのしばしの別れに、母親は涙していたが、彼女と会って数分のヨシタケは複雑な気分でしかなかった。


「あの人には、俺と今まで過ごした記憶があるんだろうなぁ。俺は全く覚えてねぇけど」


 残念なことにヨシタケは女神と出会ってから現在に至るまで、自分が何を経験してきたのか、何も覚えていなかった。

 ここまで覚えていないと、つい「ドッキリなのでは」と疑ってしまう。今にも自称女神とヨシタケの母親が「ドッキリ」と書かれたプラカードを手に現れるのではないかと思うと、気が気ではなかった。




 ヨシタケの心配をよそに、馬車は城の前にたどり着くと、停車した。そしてヨシタケは城の中へ連れて行かれ、王の間へと通された。

 おごそかな雰囲気が漂う中、玉座に座った老齢の王が口を開いた。


「よくぞ参った、勇者ヨシタケよ。先日申し上げた通り、これより冒険の旅に出てもらいたい」

「すんません、王様。王様が何話してたか全然覚えてないんで、もう一回話してもらえますか?」

「……お主、やっぱ聞いとらんかったではないか。さては、目を開けたまま寝ておったな」


 ヨシタケは覚えていないが、王様にはヨシタケが話を聞いていなかった心当たりがあったらしい。

 呆れながらも、説明し直してくれた。


「一ヶ月ほど前、先代の勇者が封印した魔王ザマンが、百年の時を経て蘇ったのじゃ。それから間もなく、儂の孫娘であるエリザマスが魔王に拉致されてしもうた。ザマンは呆気なく姫を連れ去られてしまった我々に追い討ちをかけるように〈ザマァ〉し、王都は壊滅的なダメージを受けた。建物の修繕は済んだが、今も後遺症に苦しんでおる国民は多い。一刻も早く魔王を倒し、エリザマスを助け出してくれ!」

「つっても俺、ただの一般人っすよ?武器もないし、魔法も使えないし」

「そのへんは心配いらぬ。お主を鍛えつつ、冒険を進められる精鋭達を集めてあるわい」


 そう言って王様が手を打つと、王の間の扉が開き、三人の戦士達が姿を現した。

 一人は、大槍を携えた明るい雰囲気の男。

 一人は、分厚い書物を両手で抱えている、物静かそうな女性。

 そして最後の一人は、エリの彼氏であるランスにそっくりな、甲冑をまとった騎士であった。


(……うっわ、そっくり過ぎるだろ。どうせならエリにそっくりな女騎士にしてくれ)


 ヨシタケが苦い顔をする中、三人は静かに王様の前へ進み出て、恭しくひざまずいた。


「彼らがお主の旅路をサポートする、仲間達じゃ。大槍を携えておる男が、槍使いのパロザマス。本を持っておる女性が、賢者のメルザマァル。そして甲冑の男が、我が王国が誇る王立騎士団の団長、ザマスロットじゃ」

「ザマだらけで覚えにくいっすね」

「古代ザマール語において、ザマァは"力"という意味を示すからの。ほとんどの国民は名前のどこかにザマァが入っておるのじゃ。儂も、ザーマァ王という有難い名を持っておる」

「もはやザマァが名前じゃないっすか」


 ヨシタケは王様がどんな偉い人物なのか理解していないために、うっかり軽口を叩いた。王様は小柄で、かつ王様と言うよりは農家のおじいさんといった雰囲気だったので、威厳を感じられなかったのだ。

 そんなヨシタケの態度に、ザマスロットは眉をひそめ、彼を睨みつけた。

「口を慎め、愚民。ザーマァ王の御前だぞ」

「ぶふぉッ、やめてくれ。そんな真面目な顔で言われたら、笑えてくるだろ」

「これ、ザマスロット。愚民などと呼んではいかん。そなたはこれより、ヨシタケの臣下となるのだぞ?」

「……申し訳ございません」


 ザーマァ王にたしなめられ、ザマスロットは黙り込む。

 しかしその表情からは、謝罪の意思など微塵も読み取れなかった。


「まずは実践で経験を積みつつ、魔王を倒せる唯一の武器……聖剣エクスザマリバーが眠る湖を目指すと良い。湖の場所はメルザマァルが調べてくれるぞい」

「すげぇ名前の聖剣ですね。ザマァもついてるし」

「エクスザマリバーは真の勇者にしか抜けん。この聖剣を抜くことが、お主に課せられる最初の試練じゃ。心してかかるように」

「うぃっす」


 その後、ヨシタケは城で装備を整えてもらい、ザマスロット達と出発した。

 そして一時間後……彼はザマスロットに〈ザマァ〉され、瀕死となった。

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