「ざまぁ」が攻撃スキルの異世界

緋色 刹那

第1章「異世界転生して、ざまぁ」⑴


「日常会話で"ざまぁ"って言うことって、ほぼないよなー」


 絶賛出社中のごく平凡な会社員、狭間(はざま)ヨシタケはラノベを歩き読みながらボヤいた。最近流行りのざまぁ系ファンタジー小説だ。

 今読んでいるのは、ポンコツ勇者の主人公がパーティから追放されるシーンで、イケすかないイケメンの騎士が主人公に追放を命じているイラストが挿絵として載っていた。

 ちなみに勇者はこの後、紆余曲折あって最強のチート勇者となり、かつての仲間達にざまぁする展開となっている。


「俺も一度でいいから、こういうイケすかないイケメンをざまぁしてみたいもんだな。まぁ、何の取り柄もない俺が誰かをざまぁするなんて、夢のまた夢だけど……ぬぁッ?!」


 ヨシタケが小説の中の主人公に憧れたその時、背後から物凄い衝撃を受け、吹っ飛んだ。

 居眠り運転かつ、スピード大幅オーバー中の大型トラックにノーブレーキではねられたのだ。


 気づいた時には、ヨシタケは空を舞っていた。

 オレンジの朝焼けと、青空のコントラストが美しい。今日は雲一つない、快晴だった。


(あぁ、なんて美しい空なんだ……。こんな穏やかな死に様なら……悪く、ない……)


 ヨシタケは穏やかな気分のまま、ゆっくりゆっくりと落ちていき、


 ズボッ


 大量のゴミ袋が積まれたごみ捨て場へ、真っ逆さまに落下した。

 きれいにゴミ袋とゴミ袋の隙間に腰までずっぷり入り込んでしまい、両足だけが見えている。はたから見れば、死体か人形が捨てられているようだった。


「くっさッ! くっさぁッ! せっかくいい気分だったのに、トラックにはねられた先がゴミ捨て場って、どんな確率だよ?!」


 ヨシタケは慌てて身をよじり、ゴミ捨て場から脱出する。

 最悪なことに、今日は生ゴミの日だった。どの袋も生臭かったり酸っぱい臭いがしたりしていた。

 落下した衝撃でゴミ袋が破けたのか、引っこ抜いた頭の上に、真っ黒に腐ったバナナがへばりついていた。


「……なんか頭の上に載っているような気がするけど、猛烈に確かめたくない」

「ヨシタケ君?」


 そこへ、今一番出会いたくない人が現れてしまった。


「え、エリ?!」


 ヨシタケは頭の上にバナナを載せたまま、エリを振り返った。

 エリはヨシタケの幼馴染で、初恋の相手である。中学卒業後は疎遠になり、社会人になってからは、ほとんど顔を合わせていない。

 まさか、こんな形で再会するとは思ってもいなかった。どうせなら、もっとロマンチックに再会したかった、とヨシタケは思った。


「どうして頭の上に腐ったバナナなんて載せているの? イメチェン? それとも、ストレスで頭がおかしくなっちゃったの?」

「エリは俺をどういうキャラだと思っているんだい?」


 エリの辛辣な評価に、ヨシタケは悲しくなる。

 すると、


「ははっ! 違うって、エリ!」


 と、エリの背後から見知らぬ男が現れた。

 背の高い、アイドル系のイケメンで、仕立ての良いブランドもののスーツを着ている。見るからに女子にモテそうな、イケすかない男だった。


「お前、誰だ?」


 ヨシタケは警戒心剥き出しで尋ねる。

 男は余裕の表情で答えた。


「俺? エリの彼氏だけど? 幼馴染のくせに、そんなことも知らねぇの?」

「かッ?!」


 予想外の答えに、ヨシタケは口をあんぐりと開ける。ゴミ捨て場にたかっていたコバエが口の中へ入り、むせた。


「ゲホゲホッ! か、彼氏だとぅ?! 本当なのか、エリ!」

「えぇ。同じ会社で働いてる泉谷(いずみや)ランス君よ。イギリスかどこかのハーフなの。大学のサークルで知り合ったのよ。カッコいいでしょ?」


 エリはヨシタケの気も知らずに、得意げにランスを紹介する。

 ランスもエリの肩を抱き寄せ、ドヤ顔でヨシタケを見下ろした。


「それでランス君、どうして違うって言い切れるの? もしかして、ヨシタケ君が腐ったバナナを頭の上に載せている本当の理由を知っているの?」

「知っているも何も、この目で見ていたのさ! こいつがゴミ捨て場へ頭を突っ込むまでの行動をな!」


 ランスは人が悪そうな顔でニヤニヤ笑いながら、ヨシタケを指差した。


「こいつはな、トラックにはねられてゴミ捨て場まで飛んだんだ。どうしてトラックにはねられたかって? それは……こいつがラノベ読みながら歩いていたからさ!」

「ラノベですって?!」


 途端に、エリのヨシタケを見る目が変わった。

 親しい幼馴染を見る目から、生理的に受け付けられない汚物を見るような目へと変わる。


「……ヨシタケ君がラノベ好きなんて、知らなかった。あんな、男の子が女の子にチヤホヤされるだけの、紙の無駄遣いが好きなんて……神経を疑うわ」

「い、いやいや、ラノベはハーレムものだけじゃないって!」


 ヨシタケはエリを説得しようと、反論した。


「ラノベは大人でもハマっちまうくらい、すっげー面白いんだぞ! 人気あるし、何万冊も売れてるし、アニメ化だってしてるし! 可愛い女の子がいっぱい出てきて……イラストもすげー綺麗で……えっと、それから………」


 しかしエリに上手く伝えられないまま、徐々に言う事が思いつかなくなっていく。次第に、声もしぼんでいった。

 その様子をランスはニタニタと笑いながら見ている。ヨシタケが悩んでいるのが、よほど面白いらしい。


「もういいわ。ラノベ好きの根暗オタクが幼馴染なんて、最悪。金輪際、私の前に現れないで頂戴。電話もメールもSNSも禁止だから。一瞬でも近づいたら、ストーカーとして警察に届け出るからね」

 

 結局、エリにラノベの良さは伝わらないまま、ヨシタケは一方的に縁を切られてしまった。


「そんな……!」


 ヨシタケはショックのあまり、膝から崩れ落ちる。エリは「行きましょう」とランスの腕を取り、ヨシタケに背を向けた。

 去り際、ランスはヨシタケを振り返ると、ニタァと笑って言った。


「ははッ、ざまぁ」


 その瞬間、ヨシタケの頭の中は真っ白になった。何かランスに言い返したいのに、言葉が見つからない。

 現実で「ざまぁ」と馬鹿にされるのが、こんなにも精神にくるものだとは思いもしなかった。


「うっ……!」


 二人が去った後、ヨシタケの胸に鋭い痛みが走った。

 トラックにはねられた衝撃が、今ごろ伝わったらしい。あるいは、エリに拒絶されたショックで心臓発作が起きたのかもしれない。


「ま、待ってくれ……俺はまだ、あの二人に"ざまぁ"してないぞ……!」


 ヨシタケは苦悶に顔を歪めながら、二人が去っていった方向を見つめ、息絶えた。

 エリとランスに「ざまぁ」された屈辱を晴らしたい、という願望を秘めたまま……。

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