『魅了』の魔法を持っていることを伝えたら婚約破棄されました!でも誰にもかけていないのに騎士様に求婚されている…?

未知香

第1話

「ナターリア、君は魅了の魔法を持っていたのだな……!」


 彼らの声で、食堂はしんと静まり返った。


 自分の名前を呼ばれ驚き声のした方を見れば、私の婚約者であるグレッグが怒りに満ちた瞳でこちらを見ていた。


 何故かその隣には伯爵令嬢のミラーナが、とても心配したような顔でグレッグを見上げている。

 ミラーナはそっとグレッグの肩をなでた。


「あんな平民がグレッグを騙していただなんて……あまりにひどいわ。かわいそうに」


「ありがとうミラーナ。すっかり騙されてしまっていた」


 ミラーナの名を呼んだグレッグの言葉は私へのものとは全く違い優しく響く。


 ……確か彼らは幼馴染だった、はず。


 ミラーナは学園は同じものの、男爵家という平民とほぼ変わらない私の事は目に入れた事もないような典型的な貴族のお嬢様だ。

 でもどうして二人が一緒に居てこんな事を言ってくるのかわからなくて、私はあたりを見回した。


「え、ええと……」


 周りは遠巻きに私たちのやり取りを見ている。


 グレッグは腐っても王族だ。

 第四王子という微妙な立ち位置だが、他の王族がいないこの学園では一番の権力者と言える。


「やはり魅了持ちだという事は、本当なんだな?」


 確かに私は魅了の魔法が使える。


 しかし魅了の魔法は、その影響の大きさからむやみに使う事は禁じられている。

 当然、私もだ。


 魅了は人の心を操る魔法だ。

 実際はそこまで強い力を持っている人はすくないけれど。


 それでも持っているだけであまりいいイメージを持たれないので、私は魅了持ちであることは公言したことはない。


 皆の見ている前で魅了持ちであることを言いたくなくて口ごもっていると、彼らはそれを別の事と捉えたようだ。


「平民のナターリアが私と婚約が決まったことが、すでにおかしいと思っていたのだ」


 きっぱりとグレッグは婚約について否定したが、何もおかしくはない。


 私の家グライアルドは爵位は男爵だが、国で一番大きな商家をやっている。

 今の王家よりも金銭的には潤っているだろう。


 どうしてもグライアルドとのつながりが欲しかった陛下は、強引な手で私とグレッグの婚約をまとめたのだ。


 私は特に結婚をせずに商家を手伝う気でいた為に、寝耳に水の話だった。


 それでも、結婚すれば交換に与えられる王家からの優遇で家の役に立てると飲んだのに。


「婚約は解消だ。私はミラーナと結婚する。父上には魅了にかかっていたと伝え、魔宮廷魔術師をつける。……お前の魅了はもう効かないと思え」


「私とグレッグの仲を引き裂こうとしたのね……。平民なのにグレッグをどうしても手に入れたかったのね、嫌だわ」


「まったくだ。そんな事をしたところで私の心は手に入らないというのに」


 二人の蔑んだような視線と、周りからの疑いのまなざしに耐えられずその場を後にしようとした。


 その時。


「じゃあ、ナターリア様は今婚約者はいらっしゃらないのだな」


 ゆったりとした声と共に、白いマントをつけた騎士が私の隣に立った。


 優雅な微笑みを湛えた彼は、近衛騎士団の副団長であるクリストフだ。


 先のドラゴン討伐で大きな成果を上げ、学園を卒業したばかりだというのにあっという間に副団長まで上り詰めた。


 更に均整の取れた力強い身体に甘い顔立ちは人気がある。優しく微笑んだ彼は、王子よりも王子様らしいと噂されている。


 大分不敬になりそうなので、本当に女子だけのこっそりとした噂だけれど。


 実際彼があらわれた途端に、冷たかった空気が弛緩したほどだ。


「えっ。クリストフ様? 何故ここに」


 思いもよらない人物の登場に私が動揺していると、クリストフは親しげな顔で私に微笑んだ。


「私は今まで王家に入られるナターリア様の警護の為に近くにいました。……しかし、今はあなたに求婚をしに」


「きゅ……きゅうこん……!」


 全く思いもよらない言葉に、私は目の前がちかちかとした。


 嘘だ。


 グレッグの婚約者としてクリストフには確かにずっと警護をされていたが、言葉を交わした事自体少ない。

 警護で傍にいることが多かったから親しみはあるけれど、それ以上などとんでもない。


 そもそもこんなに完璧なクリストフが私のことを好きなはずがない。

 それこそ魅了を使わないと。

 ……使ってないけど!


「ええ。……まさかあなたに婚約者が居なくなる時が来るなんて思わず、急な求婚で申し訳ありません。このような好機を逃してはならないと焦ってしまいました」


 深いグリーンの瞳でまっすぐに私のことを見るクリストフの視線が熱を帯びている気がして、こんな時なのに頬がかっとなる。


「ナターリア! まさか、クリストフに魅了を……!」


 疑いが確信に変わったような顔をしているグレッグに、私は慌てて両手を振る。


「いえいえ! まさか! 使ってません! こんな場面で魅了を使うとか自白みたいなものでしょう!」


「……ああ、ナターリア様はそこまで愚かだったのですね」


 私の否定の言葉を全く聞いていないかのようにミラーナがため息をつく。グレッグもあきれたように頷いている。


 やめて! 使ってないよ!


 必死で心の中で訴えるけれど、誰も私の言葉は伝わっていそうもない。

 私は慌てて隣にいるクリストフに詰め寄った。


「クリストフ様! 私、魅了使ってませんよね! そうですよね!」


「ええ、当然魅了の魔法などにかかっていません。そんなものがなくても、私はあなたの魅力に惹かれていますからね。ナターリア様」


 私の訴えににこりと微笑んで私の手をとったクリストフは、同意してくれたものの全く説得力がなかった。

 間違いなく私のことを好きそうな態度にぐらぐらしてくる。


「これは間違いなく魅了にかかっている……」


「……使ってません」


 誰かの呟きに私はもう一度否定の言葉を発したけれど、それは空しく響くだけだった。


 私はどうしていいかわからずに、全員を置いてその場から逃げだした。



 学園の裏庭のベンチで一人座ると、やっと気持ちが落ち着いてきた。


 もう午後の授業がはじまった為に、辺りに人は居ない。

 学園の庭は手入れが行き届いていて、薔薇がちょうど時期でいい香りがする。


「あーあ、さぼっちゃったな……」


 貴族ばかりが集まるこの学園で、身分の低い私は勉強を頑張るしかなかった。

 特にグレッグとの婚約の為に、成績や品行は気を使っていた。


 なのに。


「馬鹿みたい。馬鹿みたい」


 口に出すと、ぼろりと涙が零れた。


 グレッグの事は、親同士が利益の為に決めた所謂政略結婚だ。

 だけど、私だって人並みに夢を見ていたのだ。


 平民の結婚は恋愛結婚が大半だ。皆が楽しそうに相手の事を話すのを聞くのが好きだった。


 魅了なんて使うはずがない。


「……ナターリア様。こちらにいらしたんですね」


「えっ」


 振り返るとすごく近くにクリストフが立っていた。


「隣に座っても?」


「ええ。……というかあなたの方が身分はずっと上なので許可なんていらないわ」


 グレッグが元凶とはいえ、クリストフも謎の行動をしたせいで私の気持ちはめちゃめちゃなのだ。

 恨めしい気持ちで彼を見ると、クリストフは困ったように肩をすくめて隣に座った。


「レディの隣に座るのですから、当然許可はいりますよ。……特にあなたは私の想い人ですから」


「……どうして急にそんな嘘を」


 私が呟くと、クリストフは眉を下げて笑った。


「嘘じゃないんですけどね。……こうやって、一人で泣いているところとか、あなたらしくてとても……愛しい」


「ああもう……泣いてませんからっ」


 私は慌てて目をごしごしとこすった。急に現れたから、隠し損ねてしまっていた。


「これをどうぞ」


 クリストフは私にハンカチを渡してくれた。恥ずかしい気持ちでお礼も言わずに受け取り、さっとハンカチで涙をぬぐう。


「あれ……?」


 乱暴に扱ったせいでしわになってしまったハンカチを見ると、そこには見覚えのある刺繍がされていた。


 ドラゴンの刺繍。

 これは討伐のお祝いにクリストフに渡したものだ。警護を離れていた彼の帰還のお祝いに、と。


「持っててくれたのね」


「はい。本当の意味でドラゴンの討伐を祝ってくれたのはあなただけでした」


 私からハンカチを受け取ると、嬉しそうにクリストフは刺繍をなでた。そのしぐさが本当に愛おしそうに見え、私は慌てて視線を逸らす。


「……どういうこと? 皆が祝っていたはずよ、あなたの活躍と、討伐の成功を」


「いいえ」


 クリストフの言葉が嫌にきっぱりと響き、不思議に思い顔を上げると真剣な瞳がこちらを見ていた。


「皆、私が活躍したのを不快に思っていました。知っての通り、私は庶民の出なのです。皆思っていましたよ、魔法と剣に秀でていたけれど、所詮庶民だと」


「それは……」


 私も爵位は低いのでわかる。学園に居ても、貴族と平民の壁は高い。その中で認められ活躍すれば反発も大きかっただろう。


「あなたに無事でよかったといわれ、私は本当に嬉しかったのです。心からの笑みが、私の無事を喜んでくれたあなたが。そして、あなたに目が行くようになった」


「クリストフ様……」


「グレッグ様の為に努力し、歩み寄ろうとしているあなたを見ていて苦しかった。あなたがグレッグ様に対して、ただの好意以上のものがないのを何度も確認した。家の仕事を語るときの楽しそうな笑顔、そして家の役に立ちたいといったあなたの強い瞳……すべてが、私を魅了したのです」


 次々とあげられていく言葉に、私は頬が赤くなるのを感じた。

 確かに彼は、ずっと近くで私のことを見ていた。


 ……見ていたのは知っていたけど、こんな……。


 真剣な彼の声に、息苦しくなる。


「私、ずっとグレッグ様と結婚すると思っていたのです。……だから、クリストフ様のことをそんな風に見たことはないのです」


 クリストフが私のことを好きだなんて信じられないけれど、彼が本気ならば、ちゃんと気持ちを返すしかない。


 私の言葉に、クリストフは嬉しそうに頷いた。


「私の知っているあなたなら、そう答えると思っていました」


「……ふふ。本当に近くで見てきてくれたのね。ありがとうございます」


「そうですよ。それに、諦めるなんて言っていない」


「えっ?」


「これからです。やっと、あなたに婚約者が居なくなったんだ。さっきも言ったけれどこんな幸運、絶対に逃しません」


 にやっと笑うクリストフは、今まで知らない表情で私は何故かどきどきと心臓の音が大きくなっていくのを聞いた。


「グレッグ様は馬鹿だな」


「ふ……不敬で捕まりますよ!」


「ここには今、二人きりだ」


 あまりの発言に慌てて周りを見たけれど、周りには誰もいなくクリストフの甘い言葉に私はさらに慌ててしまうのだった。




 そのまま私とグレッグの婚約は破棄となった。


 父は王家に貸しができたと嬉しそうだ。

 尽力した婚約が破棄になったことを怒った陛下は、もともとグレッグが継ぐはずだった王都近くの領地ではなく、隣国に続く危険な地にグレッグを送った。


 ミラーナは何故かついていかなかったようだが、もう彼女に結婚を申し込む人はいなくなってしまったようだ。


 そして。


「ナターリア様、デートの申し込みを受けていただけますか?」


「……はい、喜んで」


 クリストフはあの時の言葉通り、私のことを口説きに我が家へ通っている。

 ……恋愛結婚も近いかもしれないと、私はぼんやりと思うのだった。

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『魅了』の魔法を持っていることを伝えたら婚約破棄されました!でも誰にもかけていないのに騎士様に求婚されている…? 未知香 @michika_michi

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