第331話 新しい魔法

 夕食後、導師の書斎に行った。

「なんだ? 話なら夕食の時でもよかっただろう?」

「いえ。書類を渡すので書斎にしました。カリーヌのお父様から経営方法を書いた書類をもらいました。これを導師に渡すように頼まれました」

「ジスランが?」

 導師は驚いていた。

「はい。お父様はカジノとまだできていな競馬場の経営をしています。その時に培った経営方法をまとめた指南書です」

「よいのか? 資料としては部外秘だろ?」

「半分は僕の意見が入っているので、僕にも権利があるといわれました」

 導師の顔は優しくなった。

「そうか。ありがたく使わせてもらう」

「はい。お父様にもそう伝えます」

「今度、ジスランにお礼をせんといかんな」

「そうですね。ですが、お父様はなにが好きなんですか?」

「新しい料理を教えるよ。あいつは変わったものが好きだから」

「なるほど。それで、から揚げに執着したんですね」

「おそらくな」

 導師はほほ笑んだ。

「では、失礼します。僕も新しい魔法を完成させたいですから」

「待った!」

 導師は声を上げた。

「なにを作る気だ?」

 導師の目は厳しくなった。

「音響兵器と光学迷彩。あと、戦略級魔法で隕石落としを考えていますが?」

「さらっと危ないことをいうな!」

 僕としては当たり前の話である。問題はあるとは思っていない。

 僕は首をかたむけた。

 導師は額に手をやって支えている。

「シオン。自重という言葉を知っているな?」

 導師は絞り出すようにいった。

「はい。すでにある戦略級魔法は手加減ができないので、手加減できる戦略級魔法を考えました」

「どんな魔法なんだ?」

「隕石を落とします。それで、加減します」

 導師はほっとしていた。

「なんだ。隕石か? 落ちてくるのは小さいものばかりだ。それが、戦略級になるのか?」

「ええ。ふつうは落下による大気圧で熱を発して焼かれます。その結果、分裂して小さくなります。ですが、魔法で包んで熱で小さくならないようにします。僕の魔力量にもよりますが、王都ぐらいはクレーターにできると思います」

「隕石は小さいのではないのか?」

「元は大きな石のかたまりですよ。それが、大気圏に入ると大気圧で熱を持ちます。それで、隕石は崩れて小さくなります」

「まず、大気圧とは、なんだ?」

「空気の抵抗ですね。普段は感じませんが、水の中で抵抗を感じるのと同じです。それで、空気は圧縮すると熱を発します。ちなみに、反対に広げると温度が下がります。前世では冷暖房の原理になりました」

 導師は難しい顔をしている。

「そんなのでできるのか?」

「小さい隕石では試しました。後は大きな石で試すだけです。限界を知りたいですから」

「却下だ」

「えー」

 僕は不満で口をとがらせた。

「戦略級魔法は必要ない」

「ですが、魔王の時のこともあります。予備として持っておくのも手では?」

「実験で地図が変わるんだ。許可はできない」

「では、本番では一発勝負と?」

「そのような結果にしない。約束する」

「ですが、神霊族が関わっているんですよ。手数が多いのは喜ぶべきでは?」

「ふつうはな。だが、戦略級だ。問題がある。必要とするまで実験は凍結だ」

「……わかりました」

 僕は不満だが部屋に帰ることにした。

「まだ帰るな。音響兵器と光学迷彩をききたい」

「音響兵器なら前に話した通りですよ。光学迷彩は光を屈折させて、姿を隠す方法です」

「音響兵器は知っている。光学迷彩はよくわからない」

「それなら、見てみますか?」

「頼む」

 僕は光学迷彩を使った。

 光を曲げる力場を発生すればよいだけだった。しかし、足の裏には光は届かない。なので足跡だけが残っていた。

「気配でいるのはわかる。だが、姿は見えないな」

「ですが、まだ、作成途中です。足跡が残りますから」

 導師は身を乗り出して僕の足元を見た。

「なるほど。だが、脅威だな。暗殺者が使ったら困る。それに足跡は浮けば消えるんだろ?」

 導師は見破っていた。

「はい。浮けば足跡は消えます」

「まあ、気配と魔力探知で発見できる。だが、世に広めたくないな。裏の方で申請しよう」

「裏って、なんですか?」

 僕は申請先が他にあるとは知らなかった。

「危険な魔法を管理する図書だ。危ない魔法は、裏の図書で管理して表には出さない。一般に知られる魔法は表の図書になる」

「初めて聞きました」

「いってなかったか? おまえの戦略級魔法は裏の図書だぞ」

「なるほど。そういう区分ですか。理解しました」

 僕は納得した。

 僕の戦略級魔法は危険だ。だが、財産として残しておきたいのだろう。

「それで、呪文を作ってくれ。期限は半年ぐらいでよい」

「呪文にして意味があるんですか? 使わないのでは?」

「いや。一般に流通させないだけだ。暗部は好んで使うだろう」

 政権闘争では使われそうである。

「それで、僕は殺されないですよね?」

「心配するな。そのぐらいの結界は屋敷に張ってある。おまえは体制に刃向かわない限り死にはしない」

「権力争いで死ぬかもしれませんよ?」

「その時はあきらめろ。私も死んでいるから」

 人の心の闇は上に行けば行くほど濃くなるようだ。

 貴族社会には僕はなじめない。それは僕の性格に大きく関係している。人の裏が想像できない。だから、魔法使いと生きても宮廷魔導士にはなれないと思っている。

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