第323話 接待の準備
カギ付きのゲートを作るのに一週間かかった。もちろん、障壁のすき間をぬって作られている。
実験でも確認できた。しかし、呪文にはできていない。これを呪文にするには、まだまだ時間がかかる。
僕はとりあえず導師に報告しに書斎に行った。
「よくやった。これで、島に連れて行くことができる」
「まだ、呪文になってませんが?」
「それでもよい。やっかいごとはすぐに終わらせたい」
「設備が整うまで待たせた方がいいですよ。貴族はわがままです。安易に引き受けるとやっかいごとになります」
僕は魔法の作成の時を思い出していった。
「そうなのだが、無言の圧力があってな」
「では、半日の観光にしてください。貴族の観光には導師も僕も付き合わないとならないのですから」
「うむ。そうする」
「それと、高所では水の沸点は低くなります。料理をするのは向かないです」
「そうなのか?」
導師でも知らないようだ。
「ええ。地上と違います。なので、ふつうの料理は出せないと考えてください」
「そうか……。それなら、弁当しかないな」
「はい。ノーラに作らせればよいと思いますよ。新しい料理を知っていますから」
「うむ。そうだな。午前に行って弁当を食べて帰るのでよいか?」
「ええ。今はぜいたくはできません。それで、譲歩させてください」
「わかった。その線で話をする」
今度も貴族の子供が来ると思った。
僕はノーラにオムレツのソースのレシピを教えることにした。
「シオン様。オムレツのソースの作り方はわかりました。それで、新しいスイーツはありませんか?」
ノーラは思いつめた顔をしていた。
「クレープのソースでサンドイッチを作るとおいしいよ?」
「え? そんな応用があるのですか?」
ノーラは驚いていた。
「もちろん。果物のソースだから、パン生地に混ぜて菓子パンにするのもできるよ」
「クレープだけではなかったのですか?」
「うん。ソースは他にも使える。サラダにかけるのもありだよ。ソースの味が違うのなら変えてみて。それで、しばらく、考えてみて」
「わかりました」
ノーラは難しい顔をして台所に帰っていった。
貴族の客を迎える日が来た。
屋敷の庭には招待した馬車が入って来た。
執事のロドリグは止まった馬車に近づいて、客を迎えた。
現れた貴族を見て、僕は一日潰れるのを覚悟した。
サンダーバード《雷鳥》の魔法を作った時の相手である。
おばあさんの三人はクセが強い。導師でも強気には出れない相手だ。それに、今回も孫を連れて来たようだ。僕より背の高い男の子が一人いる。
執事は玄関から応接室に招いた。予定した時間より早いからだ。
『シオン様。お菓子ができました』
ノーラのコールの魔術が届いた。
僕は応接室に入ったのを遠目で確認して台所に向かった。
台所にはお客用のクッキーや小さなクレープなどの茶菓子ができていた。
僕はお皿ごと、鉄で作った箱に入れる。そして、空間魔法の倉庫に入れた。
「紅茶はこちらです」
ノーラにいわれて、水筒を倉庫に入れる。
水筒は真空ボトルを業者に頼んだのだが、設計図を渡してもできないようだ。それでも、真空にはならないが、それらしい水筒をもらった。
他の食器類を入れていると声をかけられた。
「シオン様。執事がお呼びです。荷物が届いたようです」
マーシアはいった。
「ありがとう」
僕は屋敷の裏手に向かった。
裏口には業者からイスとテーブルが運び込まれていた。
前日には用意したかったのだが、客の日程で動いているので間に合わなかった。最悪、庭にあるイスとテーブルを持っていくはめになっていた。
執事はイスの包みを破いて、家のろうかに並べている。
「シオン様。こちらが持っていくイスとテーブルになります」
「うん。わかった」
僕は念動力で持ちあげて、片っ端から空間魔法の倉庫に入れた。
そして、荷物がそろうと、浮島の結界の頂点に転移した。そして、そのまま、浮遊魔法で降りる。
結界は僕と導師以外を弾くように設定してある。客にはできない方法だ。
僕はガーデンルームの要領で作られた、テントのようなガラス張りの家に入った。
ガラスは二重にして断熱にしてある。それに風は当たらない。寒さはあまり感じないだろう。それに、見晴らしのよい家には満足できると思う。
僕はそこにもらってきたイスとテーブルを並べる。そして、テーブルクロスを敷いて食器を並べた。
最後に茶菓子を置いた。
それらしくなったと思う。
『シオン様。お花が残っています』
ノーラのコールが届いた。
僕はあわてて屋敷に戻る。そして、花を活けてある花瓶を見た。
「こちらが前です」
花の置き方にもルールがあるようだ。
僕は急いで運んで部屋の片隅の台に置いた。
僕は最後に紅茶を確認した。開けてみたら、沸騰して吹きこぼれては困るからだ。
高所になればなるほど、水の沸点が上がる。
ふたを開けると、事前に冷ましてあるため吹きこぼれなかった。
僕は安心して水筒を給仕のための台に置いた。
『導師。用意ができました』
僕はコールの魔法を飛ばした。
『わかった。確認しに行く』
コールが途切れて、しばらくすると、導師はやって来た。
下を向いて歩いてくる。すでに疲れているようだ。
「シオン。すまないな。雑用をさせて」
「いえ。気にしてません。それより、大丈夫ですか?」
「ああ。まだ余裕はある。あの三方はおしゃべりで困る。朝から全力なのはやめて欲しい」
「歳をとると朝は早くなるといいます」
「そうだな」
導師はほほ笑んだ。
そして、家の中を見渡す。
「よくできている。後は花だな。運んでいる間にズレたのだろう」
そういって、導師は花を飾り直した。
「生け花の心得を知っているのですか?」
僕は導師に尋ねた。
「一度、習った経験がある。私には向いてなかったけどな」
導師はそういうが、メイドの仕事である生け花を知っているのは、貴族の心得に感じた。
「では、呼ぼうか。少し早いが応接室にいられる方が危険だ」
導師は直した花を見るといった。
「そうですね。おしゃべりならどこでもできます」
僕と導師は屋敷に帰った。
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