第262話 拡散

 導師は肉をミンチにする魔道具を、よく通う店に新しく作らせたようだ。

 手作業でいいのだが、魔力で回るようになっている。無駄に高性能だ。

「これで、ハンバーグとハンバーガーが作れるのか?」

 導師には理解されていなかった。

「牛肉をミンチにできます。それにとり肉ならとり団子とか。豚でもバラバラなまま色々な料理に使えます。まあ、料理人しだいですけど」

「そうか。おまえはガマンしていたのか?」

「いえ。この世界は食にはこだわらないと思っていました。ですので、特に気にしなかったですね」

「でも、おまえがいた世界では色々なものがあると聞いている。不満はなかったのか?」

「僕は新しくこの世界になじもうと考えていました。なので、文句をいう必要がないのです」

「ふむ。そういうことか……。過去の資料を見るとしよう。もっとおいしい料理が食えるかもしれないからな」

 導師は食いしん坊みたいだ。

 金貨と取り換えるほどの塩やコショウなどの香辛料をケチらない。この世界ではグルメに入るかもしれなかった。


 カリーヌの家に行くと、なぜか家長のジスランに出迎えられた。

 案件なら少なくなり、わざわざ僕を迎えない。しかし、それでも迎えられるとなるとなにかがある時だ。

「やあ。ハンバーガーというのがおいしいと聞いた。心当たりはないかい?」

 ジスランはほほ笑んでいたが、目は真剣だった。

「うちで作ったのが広まったらしいです」

「ほう。詳しく聞かせてくれないか?」

「いいですけど、大したことないですよ?」

「それでも、いいよ」

 僕はジスランの後についていって書斎に入った。

「ハンバーグというのは食べた。それで、ハンバーガーが形が統一していない。なぜかな?」

 席に着いたジスランはいたって真剣である。

「パンの最適な形を知らないからかと」

「なら、納得できる。それで正解は?」

「パンの形は上から見ると丸くなっています。もちろん、それに収まるようにハンバーグも丸くなっています。山の形をしたパンを半分に切って、その間にハンバーグとレタスなどはさみます。もちろん、ソースをかけて。それで、そのソースなのですが、この世界では種類が少なすぎます。マヨネーズとかありませんか?」

「マヨネーズというのは、ないな」

「そうですか。卵黄と酢と油を混ぜると聞いたのですが、作るしかないようですね」

「それはおいしいのかい?」

「ええ。マヨネーズだけをなめる人もいましたね」

「作り方は?」

「わかりません。卵黄とお酢と油。後は塩コショウですかね? わかりません」

「そうか……。軽食にちょうどいいから、競馬で店を開こうと思ったが、研究がいるな」

「そうですね。導師も情報を集めています。その内、できると思いますよ」

「うん。その時はザンドラに頼んで使わせてもらう」

「ところで、この国の人は食にこだわらないんですか? 『おいしい』は商売になります」

「そうなのか?」

「ええ。舌を楽しませる。それはある意味、娯楽ごらくの一つと思います」

「質素な料理が多いな。食べられればよいという風潮ふうちょうがある」

「王はぜいたくをしないのですか?」

「そうだね。ぜいたくな食事をしているとは聞いたことがないな。身なりはぜいたく品で身を包んでいるけどね」

「でしたら、少しぐらいおいしい料理を食べてもよいかと」

「そうだね。経済活動の一環として上に報告してみるよ」

「ありがとうございます」

 僕は思わぬことにうれしくなった。


 ジスランの書斎を出てガーデンルームに行った。

 ドアを開けて中に入る。

「おう。今日も仕事か? ……きげんがいいようだな。なにがあった?」

 アルノルトにいわれた。

「ええ。少しくらいのぜいたくが許されそうです」

 みんなはわからないのか、頭をかしげていた。

「ハンバーグの話です。あれから、食のためにお父様が上におうかがいをするらしいです」

「ちょっと、わからないわ。冷静に話して」

 レティシアはいった。

 僕はいつもの席に座った。

「経済活動のいっかんでおいしい料理を食べられるかもしれないのです」

「うん。それがわからないわ。順序よく話して」

 カリーヌも困惑しているようだ。

「えーと。ハンバーグがウワサになっているのは知ってますよね?」

「ええ。私のところは記事にしたわ」

 レティシアはいった。

「オレも。オレも」

 アルノルトも同意した。

「それで、おいしいのは娯楽ごらくであり、経済を回す一つの手段として上にかけ合うみたいです」

「それって、どういうこと?」

「食事に関して、ぜいたくをしてもいいかとかけ合うらしいのです」

「それって、おおごとよ」

 レティシアはいった。

「ええ。なので、おいしい料理が食べられる可能性が出てきました」

「今までの料理ではダメなのか?」

 エトヴィンはいった。

「舌を楽しませる。その娯楽をしようという提案です。食文化の見直しになると思います」

「ちょっと、そこまでのことになるの? でも、香辛料は高いわよ。それはどうするつもり?」

 レティシアは驚いているが頭は冷静だ。

「一か月に一回でもぜいたくできればいいと思いませんか? 週に一度でもいいです」

「そうね。それはいいわね」

 レティシアはいった。

「でも、お父様はこれからおうかがいをたてるので、秘密で」

「ダメよ。すぐにでも記事にするわ。平民や貴族が賛成すれば、王も賛成しなければならなくなる。そうするわよ」

 レティシアはエサに食いついた魚のようだった。

「いえ。お父様が伺いを立ててからにしてください。面目めんもくが潰れます」

「そうだったわね。成否に関わらず、これは記事にするわ。いいわね」

 レティシアはアルノルトにいった。

「おうよ。任せろ」

 アルノルトは胸を叩いた。

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