第239話 日常

 夕食の席で導師にクンツがあせっていることを話した。

「あの男の性格だ。足止めをくらっているようで不快なのだろう。その内、やるべきことがわかる。今は流れに任せていい。だが、禁呪は教えるなよ。暴走する」

 クンツは軽やかに見えてあせっているようだ。それほど、外の世界にあこがれているようだ。

「導師はどれぐらいの威力を出せるようになりました?」

 導師の食べる手が止まる。

「……訓練中だ。まだ、お前ほど簡単に使えていない」

「そうですか……。どれくらい練習すれば神霊族を倒せますか?」

「それはぶっつけ本番になるな。相手もこちらを敵視している。それなりの準備をしていると思うぞ」

「命懸けですか……。もう少し、平和に生きたいです」

「まあ、そうだな」

 今晩の食事では導師の口数が少なかった。


 寝る前にマナを集めて練る修行をする。

 今では体の中には収まらずに、体を中心に丸い球体となっていた。

 それでも、マナを集めて練った。

 やりすぎることはない。それだけ、敵の存在は格上だ。

 瞑想するように座ったまま目を閉じてマナを練った。


 朝食後の勉強で問題が起きた。防御の魔導書が解読が終わってしまった。

 解析するような魔導書はない。また、医学書を解読するしかなかった。

 家庭教師のギードも嫌がる難解な魔導書だ。

 今はないが、やがて、医学という学問ができると思う。その時までに目を通しておかなけれならない。それは導師が宮廷魔導士として必要なことだと思っている。

 ジスランのおかげで難しい言い回しは理解できるようになった。しかし、肝心の中身は難しい。医学など一握りの頭がいい人がなるものだ。

 家庭教師が導師に進言しに行った。

 医学書では勉強にならないようだ。

 帰ってくると、新しい教科書を用意するようだ。だが、医学書は何年後には目を通すようにいわれたようだ。

「今は勉強です。医学書のような専門的な知識を必要とする本は早すぎます」

 家庭教師はいった。

 またも僕は医学書を先送りにした。


 午前の自由時間で荒野に来た。久しぶりである。

 相変わらず、乾いた風と赤い土のじゅうたんが広がっていた。

 僕は探知魔法で荒野を探った。

 荒野で魔法の練習をしている人を初めて発見した。しかし、その距離は遠かった。察知しても相手は気付いていないようだ。

 それよりも神霊族が引っかかった。

 神霊族は何しに来ているのかわからない。

 しばらく見ていると、隠れて姿を消した。

 敵である相手は理解不能な存在だった。

 敵として刺客を送り込むのに、堂々と僕を見ている。

 理解できない。今度、探知に引っかかたら、禁呪である滅殺を放とうかと考えた。


「導師。神霊族に禁呪を使っていいですか? 目ざわりです」

 昼食の席で導師にきいた。

「ん? 探知できるのか?」

「ええ。相手はこちらを見ています。なので、すぐに見つけられます」

「そうか……。でも、今は待て。私が使えるようになってからにしろ。一人で戦うようなものだ」

 導師の言葉に納得した。神霊族を攻撃できるのは僕しかいない。僕が死んだら、導師が一人で神霊族を止めるしかない。

「神霊族は誘っているのかもしれない。安易に手を出すなよ」

 僕は導師の言葉に納得する。

「わかりました」

 僕は修行をして力を高めるしかないようだ。

 だが、思い至ったことがある。龍族の長老の未来視だ。それを参考に進み具合を見ればいい。

「それも、ありだな。宰相と行く日を決める」

 方針は決まったようだ。


 午後からカリーヌの家にいった。

 しかしというか、やはり、家長のジスランに捕まった。

「着工しているのに、まだ、案件があるのですか?」

 僕はジスランにきいた。

「ああ。後から出てくるんだ。これでは一息つけないよ」

 ジスランの書斎に入る。

 デスクには紙の束があった。

 いい加減、うんざりする。先に出した設計書に書いてあるのに、案件として返ってくるからだ。

「君の気持はよくわかる。でも、必要なことだ。些細なことで空いた穴は大きくなる可能性があるからね」

 僕はため息をついた。

「お父様はよく頑張れますね?」

「まあ、これが仕事だからね」

 ジスランの笑みは大人の余裕を感じさせた。

 僕は社長はできないと思った。


 仕事を片づけてガーデンルームに行く。

「おう。今日も仕事か? 大変だな」

 いつものようにアルノルトはいった。

「ええ。着工してから問題が出て来てます。早く解放されたいです」

 僕はいつもの席に座った。

「仕事とはそんなに大変なのか?」

 エトヴィンにいわれた。

「ええ。でも、僕はかじった程度です。お父様は苦労していると思いますよ」

「そうなのか……」

 エトヴィンは考え込んだ。

「白と黒に分けられない厄介なことを判断しないとなりません。それと大人の仕事は難しい単語が出てきます。今は普通に勉強した方がいいですよ。土台ですから。それに、仕事は大人になった時に考えればいいと思いますよ」

「でも、それをしているんだろう? どうやって身に着けたんだ?」

 前世の経験とはいえない。

「導師の仕事を手伝ってますから。その延長です。今でも勉強の途中です」

「そうか。私は普通に頑張るか……」

「それで十分かと」

「アルノルトも勉強した方がいいわよ。将来、博打の記者になりたいなら」

 レティシアはほほ笑みながらいった。

「勉強ならしているぞ。よく怒られるけど」

 アルノルトはバツが悪そうにいった。

 みんなは笑った。

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