第226話 騒動のあと

 翌日にはウソのようにピタリと喧騒が消えた。

 騎士団が鎧を揺らして走っている音だけが聞こえる。

「シオン。起きたか?」

「はい」

 僕は目をこすって起きた。

「父と共に手引きした公爵が捕まった」

「本当ですか?」

 僕には信じられなかった。父が逃げきれないとは思わなかった。

「ああ。公爵家で公爵と共に捕まった」

「転移で逃げれるのでは?」

 僕はきいた。

「普通の公爵家には結界が張っている。ゲートや転移で侵入されないためにな。うちは屋敷だけで庭などは自由だ。私たちが異端なんだ」

「それで、捕まったんですか?」

「ああ。王直属の騎士だ。公爵を捕まえる権限はある」

 思ったよりあっけない幕切れだった。

 しかし、父には神霊族の加護がある。素直に極刑で死ぬとは思えない。

 ふと、導師に頭をなでられた。

「お前だけの問題ではない。これは人族の問題だ。必ずケリはつける」


 王都の騒乱は三日で収まった。そして、中央広場には人が集まったようだ。

 死刑執行を見に来る人は多いらしい。

 公爵が断頭台に立つのは珍しいのだろう。人が集まったと聞いた。

 公爵は静かに首を落とされたらしい。

 そして、父である。わめきながらも強引に断頭台に首を固定された。

 断頭台をヒモを解くのは人族ではないらしい。袋を被ったドワーフだったらしい。

 だが、開始する前に断頭台は火に包まれた。突然,発火したようだ。

 だが、その中で父は火傷もせずに笑っていた。そして、断頭台が崩れると父の姿は消えていたようだ。


「神霊族以外に協力者がいるな。神霊族は物理的に干渉できないはずだ。それは龍の長老の言葉が真実なら」

 導師は考え深げにいった。

 導師は書斎の机に両肘を立てて顔を乗せている。

「では、他の種族ですか? 有翼族は魔族を率いているといっています。聖霊族は関係ないと思います。妖精族でしょうか?」

「わからん。想像するのは勝手だが決めつけるなよ。だが、問題だな。神霊族と魔神族だけでも強力だ。そして、その手伝いをする種族。敵が多いな」

『聖霊族でも悪いことが好きなヤツはいるよ。破壊が面白いって』

 頭の上でクーがコールの魔法を使った。

「聖霊族も入るのか。候補を絞るのは後だな。今は武器が欲しい」

「そうなると禁呪ですか?」

「そうなるな。……すまんが、極めてくれ。一つの魔法としても完成できるだろう」

「わかりました。しかし、僕は禁呪には相性がよくありません。進みは遅いです」

「それなら問題はない。私からしたら形になってきている。そのまま続けてくれ」

「はい……」

 僕は前世で失敗した禁呪ならぬ呪術だ。また、挑戦して手に入れられるとは思えない。

 しかし、微かにできている。それが、未練を断ち切れない。

 僕は呪術とは離れられないようだ。


 まず初めに確認したのは、禁呪の効力と動きだ。

 粘土に向かって念を飛ばす。すると、粘土からマナが飛び出して、存在を希薄にさせる。

 これは呪いと一緒だ。だが、その呪いが必要な力だ。精神的に壊して消す。これがこの異世界の呪術であった。

 マナを吐き出させるには、マナを操る方法が上手くなければならないと思う。相手の持つマナを操作するために。

 粘土に何度もマナを吐き出させても、吐き出す量は変わらない。

 念によるマナの操作が必要だ。

 そして、何よりも精神体の破壊する方法が必要だ。精神体の体を壊すのは必須だった。

 呪術は精神に干渉して、物理的な現象を起こす。

 僕はこの異世界でも呪術を練習しなければならない。しかし、僕は挫折している。前みたいなやる気の熱量はなかった。


 三日していつもの日常が戻ってきた。

 玄関先の庭は荒れている。しかし、街には活気が戻っていた。

 僕は久しぶりにカリーヌの家に行った。

 メイドの後に続いて歩き、ガーデンルームに入った。

「よう。大変だったと聞いているぞ」

 アルノルトがいった。

「ええ。庭を壊しすぎて怒られました」

 僕は答えた。

「それって、盗賊と戦ったのか?」

「ええ。必要でしたから」

 僕はいつもの席に座る。

「相手はペイモーピズと聞いたぞ。勝てるのか?」

 エトヴィンはいった。

「ええ。一軍は出てこなかったようです」

「二軍、三軍が荒らしていたということか?」

「ええ。そう見解が出ています。予想ですけどね」

 僕は紅茶を一口飲んだ。

「何で、一軍が出ない?」

 アルノルトはいった。

「出たくないいからですね。頭領を人質にして、組織を動かしていました。だから、形だけは整えたようです」

「それは本当か?」

「ええ。敵対して弱かったですから」

「本当に戦ったの?」

 カリーヌが大声を出した。

「……はい。僕の家に来ましたので当然かと」

「あっ。ごめんなさい。そんなこといえる立場ではなかったわ。ごめんなさい」

「いえ。心配してくれたのはわかりました」

「うん。ごめん」

 カリーヌは黙った。

「あんたの父が断頭台から、また逃げたと聞いたわ。あんたの父は何者なの?」

 レティシアはいった。

「神霊族の加護を持っているようです。それに他にも協力者はいるようです」

「神霊族って敵なの?」

 レティシアはいぶかしがった。

「僕からしたら敵ですね。父を利用して戦争を起こそうとしていますから」

「そうだったわね。もはや、親子の問題ではない。そうだったわね」

「ええ。理解してもらえると助かります」

「今回の騒動も神霊族がらみということか?」

 アルノルトはいった。

「ええ。そうよ。そうでないと、処刑台を二度も逃げられないわよ」

 レティシアは答えた。

「それなんだけど、シオンのお父様がというより、お父様は利用されていないか?」

 エトヴィンはいった。

「もちろんそうよ。そうでなければ、子殺しなんてしようとしないでしょう?」

 レティシアは不快そうだった。

「でも、利用されているからだろう?」

「それは、ちょっと違います。父は僕を母が自殺した理由にしたいだけです。そして、そこを神霊族に使われています。父は心が弱すぎて都合のいい駒になっています」

 僕が間に入った。

「それって、助ける相手だろう?」

 アルノルトはいった。

「できたらしてます。しかし、父は僕を憎んでます。母の死んだ元凶にしたいのですから」

「でも、それっておかしいだろう?」

「ええ。なので、生死問わず、終わらせたいだけです」

 アルノルトはうなって考えていた。

「アルノルト。シオンはわかっている。父親が味方になれないことも、神霊族の駒であることも。それを含めて命懸けで終わらそうとしている。もう、希望はもうないんだ」

 エトヴィンはいった。

「でも、他に方法はないのか?」

「あったら、しているだろう。それだけのことだ。難しく考えても意味がない」

「それは薄情だろう?」

「それをシオンにいえるか? 何度も誘拐されて、殺されかける。敵になったんだ。希望はないんだよ」

「……すまん」

 アルノルトは頭を下げた。

「僕に対する嫌がらせとしては、父は都合のいい駒ですから気にするのをやめました」

「いっそのこと殺す決断はないのか?」

 アルノルトはいった。

「人族では父は殺せません。そういう加護を持っていますから」

「なるほど。それで、ズルズルと関係が長引いているのか」

「ええ。なので、困っています」

 僕は紅茶に口をつけた。

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