第十二章 魔王と戦争
第155話 後ろ
父という嵐が過ぎ去ると、家の中は平穏がすぐに訪れた。
しかし、違う嵐を僕は起こしたようだ。
「シオン様。台所が荒らされています。何をしたんですか?」
ノーラは涙を浮かべながら怒っていた。
僕はすぐにノーラのおやつを取ったのが原因だとわかった。
「紅茶を導師に頼まれたから台所を使ったんだ。そうしたら、変なところにおやつがあった。あれでは腐らせるので、導師のおやつに出したんだよ。今度からは食料はちゃんと冷蔵庫に入れてね」
僕は正論をいって、ノーラの怒りをかわすことにした。
「あれは熟成させていたんです。何の考えもなしに置いていません」
「そうなんだ。今度からは気を付ける」
「本当ですか?」
ノーラの怒りに僕は目をそらした。
食い物の恨みは恐ろしい。ノーラの怒りは今でも頂点に達しようとしていた。
「うん。気を付ける」
僕は何度もうなずいた。
「約束ですよ」
そういって顔を近づけるノーラは恐ろしかった。
ノーラは僕の部屋から出ていった。
ノックもなしに訪れて、そして、文句をいって帰っていく。僕との関係はノーラにとって下男の時と同じだった。
ノーラの話をすると、四人は何やら覚えがあるのかうなずいていた。
今はカリーヌの家に来て、お茶をしている最中である。
その紅茶を飲む手を止めるほどらしい。
「オレでも、メイド長には逆らえない」
アルノルトはうんうんとうなずきながらいった。
「まあ、メイドの楽しみを奪うと、食べ物の中に何を入れられるかわからないわよ」
レティシアは真顔でいった。
「まあ、それほど、親しいんだ。少しぐらい問題はないだろう」
エトヴィンになぐさめられた。
「それより、家を襲撃された方が問題よ」
カリーヌはいった。
「そうですね。ですが、襲われ慣れたのか新鮮さがなくなりました」
「あきれた。ドラゴンスレイヤーになると感覚がマヒするの?」
レティシアにいわれた。
「何度も襲われると慣れますよ。何度目になるか考えていません。それよりも、新しい対策を考える方が大事です」
「もう少し、自分を大事にして」
カリーヌは悲しそうにいった。
僕はカリーヌを傷つけたようだ。
「争いは続くので、対処する方に意識が向くんです。父は生きていますから」
僕は笑うしかなかった。
「ごめんなさいね。お父様との闘うのは、シオンでもイヤよね。シオンの気持ちを考えなかったわ」
「これは僕と父の戦いに見えますが、後ろにいる存在の手引きでもあります。父の後ろには、人族でない何かがいるのは感じています」
「そんな大事なの?」
レティシアはいった。
「少なくとも父の背後には、人族以外の後ろ盾がいます。だから、王直属の騎士に斬られても生きています」
「そうなの? ごめんなさい。考えが足りなかったわ」
カリーヌは悲しい顔をした。
「気にしないでください。導師でも父の背後はわかりませんから」
僕は笑ってみせた。
「うん。わかった」
カリーヌは笑った。
その顔に安心している僕がいた。
「でも、シオンのお母様にもわからない敵って、何よ?」
レティシアは不満そうにいった。
「候補はいますが、しぼり切れていません。なので、余計なことはいえないです」
それからはどの種族が敵になれるのか雑談が続いた。
「妖魔族ですか?」
僕はななめ前を歩くエルトンにいった。
今は、騎士団の練習場に向かっている。
僕の護衛のためにななめ後ろにはアドフルがいる。
「はい。その可能性が高いです」
エルトンはいった。
「ですが、有翼族や魔神族や神霊族も候補に入ります。妖精族と龍族もその力はありますが違うでしょう。人族の力になってくれました」
「そうですね。しかし、有翼族は魔族と関りが深いですが、人族を排除していません。遠くの国では人族と交易しているようです」
翼有族とは僕はもめた。しかし、その以前からも、この国には有翼族は来ないみたいだ。
「魔神族と神霊族は人族の前に姿を表しても、干渉した記録はありません。なので、残る妖魔族が人族の敵になります」
「ですが、妖魔族には人族は食料ですよね。父を食べずに使う意味がわかりません」
「釣りに、友釣りという方法があります。それと、私は考えています」
友釣りとはアユの習性を利用して方法である。
テリトリーに針に付けたアユを侵入させて、争い合わせる。そして、針で引っかけて釣る方法である。
「何度も同じ魚を使いますか? それも死にかけたんです。それを回収するとは思いません」
「そうですね。人族ならそう思います。だが、妖魔族の考えはわかりません。長寿であるので、一日に使った魚程度という感覚だと推測します」
エルトンの考えには一理ある。
だが、魔獣のように国の中に入ってくるような知能は低くない。
妖精族と近いからだ。なので、知能は人族よりも長命なため高いといっていい。
「妖魔族とはどういう種族ですか? エルトンさんは会ったことがありますか?」
「はい。旅の途中で会いました。人に化けて出て来たんです。しかし、気配が人間のものではないので斬りかかると、すぐに姿を現しました。四肢はありましたが、妖精族のように人とは似ていませんでした。角がいびつに一本生えて、目は糸目が一つ。鼻はなく口が縦に開きました。口からは腐臭がしました。人族とは共存できないと本能で理解できました。あれは、人族の捕食者です」
エルトンはそういうと口を閉じた。
僕はアドフルを見る。
アドフルは目を閉じて首を横に振った。
「……それで、その妖魔族は?」
「倒しました。はぐれらしく仲間はいませんでした。その代り、人間の死体の山を見ました。旅人を殺して食料にしていたんです」
「そうですか。それはイヤな記憶ですね」
「はい。あのように人を食べ散らかす跡には怒りしかなかったです」
エルトンは思い出して怒っていた。
エルトンは素直な性格だ。素直に顔に出てしまう。それは僕と似ていた。
「エルトンさん」
アドフルはいった。
その声にエルトンは我に返った。
「すみません」
エルトンは頭をかいた。
「いえ。エルトンさんの怒りは正しいと思います」
「ありがとうございます。ですが、つまらない話をしました」
「いえ。参考になりました。妖魔族は人を化かすと。それで、エルトンさんは騎士になるまで、旅をしていたんですか?」
僕は好奇心から尋ねた。
「若い時は傭兵をしながら、国々を回っていました。生まれは――」
エルトンの過去の話をききながら、城にある騎士団の練習場に向かって歩いた。
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