第114話 魔導書
導師は門番の騎士を治療して、後のことを執事に頼む。そして、リビングに戻った。
一息つくと、導師は僕を見た。
「すまんな。また、しくじった」
導師のせいではない。父の背後にいる敵が強いのだ。
父はあくまで人形だろう。あれだけの魔力を詰め込まれて、体が悲鳴を上げないはずがない。自滅するのは時間の問題だ。
だが、父の僕への執着は問題だ。もう、僕を殺すことしか考えていない。今まで殺気があっても弱かった。今回は殺す覚悟はできていた。それだけの殺気を感じた。
「導師。父の背後には誰がいるんですか?」
僕はきいた。
「公爵がいる。だが、名前はきくな。知れば、お前も貴族の争いに関わらないとならん」
導師はいいたくないようだ。
「父には魔力を与えていた敵に心当たりはありますか?」
「心当たりはない。それに、それができる魔術師は私は知らない。高度な魔術になるからな」
導師でも父の背後の敵はわからないようだ。
「失礼します」
リビングに執事のロドリグが入って来た。
「クンツ・レギーン男爵がお越しになりました。いかがしますか?」
ロドリグは導師の返事を待っていた。
「応接室に行く。あの本を持ってきてくれ。シオン、行くぞ」
導師は立ち上がった。
僕も立ち上がり、応接室に行った。
「やあ。また、逃げたな。あの男は異常だ」
会うなりクンツはいった。
「そうだな。捕まえる時、相手の背後を探らなかったのか?」
導師はそういいながらクンツの前に座った。
僕は導師のとなりに座る。
「探ったが、人間を越える力を持つヤツはいなかった。ヒルデブレヒト・ブフマイヤーも一緒だった。だが、断頭台にかけられた時に、魔力を注がれた。そのおかげで逃げられたのだろう。しかし、商人が騎士のように身体向上魔術を使えるとは考えられない。だから、何が起きたのか理解できない」
「魔力を注げる魔術師を知っているか?」
導師はきいた。
「いや。いない。しかし、いる可能性はある。空間魔術と魔力操作が上手ければできる。ランプレヒト公爵はできないか?」
「できないな。触れないと魔力を与えられん。それに遠隔となると、距離に比例して魔力は散らばるから、普通は無理だ」
「そうだな。でも、聖霊なら可能性はないか?」
「あるが、聖霊がそこまで人族に手を貸さないだろう。彼らにとって人族は魔力をくれる動物にすぎん」
「そうか……」
クンツは考える。
他の可能性も考えているようだ。
そこにドアがノックされた。
執事とメイドが入って来た。
「導師様。先にいわれた本です」
「ありがとう」
導師は執事から本を布で巻いたようなものを受け取った。
メイドのマーシアは紅茶を配るとさっさと退室した。
執事は頭を下げて退室した。
「それが例の魔術書か?」
クンツは導師にいった。
「ああ。写本だがね。私も目を通したのだが、おかしな点はない。確認してくれ」
導師は布を取ると本を渡した。
クンツは嬉しそうに本を開いた。そして、目を通す。まるで、子供のような目をしていた。
それほど欲しかったのだろうか?
僕にはわからなかった。
「……それで、そちらは?」
導師はいった。
「ああ、すまん。これだ」
クンツは懐から羊皮紙を丸めた物を出して導師に渡した。
導師はすぐに広げて内容を確認する。
クンツも導師も手元の本と羊皮紙に夢中になっている。
こういうところは大人でない二人を見て、大人とは大人になり切れないのだと僕は悟った。
クンツにもらった魔法は治癒とマナを食料にする魔法だった。
どちらも有用性が高い。作物が育たず
「私が後ろ盾になって、申請するがいいか?」
導師はクンツにいった。
「別にあんたの名前でいい。名誉なんかいらない」
「でも、金にはなるだろう? もらっておいても損ではない」
クンツはポリポリと額をかいた。
「まあね。でも、借りができる」
「気にするな。これは私のプライドでしかない。他人が発見した魔法を自分のものにしたくないだけだ」
クンツは笑う。
「貴族としては問題だろう? せっかくのおいしい話だ。捨てるのはもったいないと思うぞ」
クンツは面白がっていた。
「私の性分だ。譲る気はない」
導師の目は本気だった。
「それなら受けるよ。でも、この借りは返す。まあ、いつかはわからないが」
「ああ。それでいいよ」
導師は笑ってみせた。
「今日はこれでお
クンツは立ち上がった。
「そうか。大したもてなしをできなくて悪かったな」
「いや。男爵が公爵と対等に取り引きしているんだ。普通なら許されない。なのに、あんたは非難しない。あんたとは長く付き合えそうだ」
クンツは笑った。
「その時はシオンも頼む。これでも色々と背負っているからな」
「それなら、気にしなくていい。龍族の長老からも頼まれているからな」
「龍族が?」
導師は眉をゆがめた。
「ああ。シオンは長老にとって必要な人間らしい。力になってくれと頼まれている」
「そうか。それで、お前はどうする?」
導師の言葉にクンツは上を向いた。
「……今は傍観中だ。長老の真意がわからない。だから、保留している。まあ、手伝えることなら手伝うけどな」
クンツは言葉を切って僕を見る。
「父を殺して欲しければいえ。今度は生ぬるいことはしない」
クンツはいい切った。
「はい。ですが、父の後ろを引っ張り出したいです。なので、短絡的にお願いしません」
クンツは導師を見た。
「こいつ、本当に人族か?」
クンツは驚いていた。
「保証するよ。まだ、幼いが中身は別物だ」
導師の言葉にクンツは考える。しかし、すぐに考えるのをやめた。
「まあ、その辺はウワサはきいている。だが、それほど今の性格に影響を与えるとは思えないけどな」
「まあ、それがシオンという子供だ。そうでなくては子爵の地位を持っていないよ」
導師はあきらめたかのようにいった。
僕には不本意な言葉だ。これでもちゃんと子供をしているつもりだ。
「なるほど……。まあ、二人にはこれからも
「ああ。任せろ」
導師はベルの魔道具を鳴らした。
執事が部屋に入って来た。
「では、またな」
クンツは執事に付き従って部屋を出る。そして、手にした本を抱えながら、うれしそうに帰っていった。
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