第103話 導師

 夕食後、導師の書斎で報告した。龍の牙を持つ人間に会ったと。

 導師の顔はこわばった。

 導師でも、龍の牙を持つ意味はわからない。慎重にならざるを得ない。

「それで、そいつは王直属の騎士団なんだな?」

 導師に確認された。

「はい。なぜか、僕の騎士になりたいといわれました」

 導師は口元をゆがめた。

 導師には面白い話らしい。

「モテるようだな。だが、本当のことをいわないのは気になる。私たちは何かが足りないのはわかった。だが、何が足りないのかわからない」

「はい。龍族の長老にききに行きますか?」

 導師は両手にあごを置いて考え込む。

「……まだ、きかなくていいだろう。知ることで危険になる。クンツ・レギーンとエルトン・カールトンの関連性を調べる。それぐらいでいいだろう。闇をのぞけば、闇に見返されられる。今は危険を排除したい」

 導師にはクンツとエルトンは関係していると考えているようだ。

「わかりました。余計なことはきかないです」

「そうしてくれ」

 僕はうなずいて書斎を出た。

 書斎ではいつも導師は緊張感を出す。それは仕事場だからなのかわからない。ただ、日常と一線を引きたいようだ。


 この頃、導師と昼食を共にしていない。導師は朝から外出している。帰るのも遅い。夕食に間に合うように急いで帰ってくる。

 どこで、何をしているのかきくのだが、内緒らしい。

 それよりも、お土産で野菜をもらってくる。農家にでもいっているのだろうか。しかし、ここは王都であり、農家は少ない。街と城は壁に囲まれているから、他の村から野菜など食料は運ばれている。

「カリーヌ様なら、何だと思いますか?」

 僕はカリーヌにきいた。

「ちょっとそれだけだとわからないわ。でも、ランプレヒト公爵は大人よ。詮索しないのがいいと思うわ。後ろめたいことなら、シオンに『内緒』なんていわないから」

 カリーヌの言葉に少し安心した。

「カリーヌはシオンに様付で呼ばせているのか?」

 アルノルトは疑問を持ったようだ。

「そういえば、そうね。最初に会った時から、そう呼ばれていたから気にしなかったわ。シオン。ごめんね。今度からは呼び捨てでいいわ」

 カリーヌは笑った。

 僕には呼び捨ては馴染まない。年上でもあるし礼儀は損ないたくなかった。

「では、カリーヌさんでいいですか?」

 カリーヌはクスリと笑う。

「カリーヌと呼んで」

 カリーヌは微笑む。

 その顔に僕の顔が熱くなった。

「呼び捨ては無理です」

 僕は顔を隠すように背けた。

「私は様付でいいわよ。私を様付で呼ぶ貴族はいないから」

 レティシアは意地の悪そうな顔をした。

「おい。そこは『私も』とかいうところだろ」

 アルノルトはツッコんだ。

「いいでしょ。その方が面白いわ」

 レティシアは楽しんでいた。

 その後はレティシアとアルノルトの漫才が始まった。

 エトヴィンはそれを笑いながら眺めている。カリーヌも笑っていた。

 僕の午後の一時は平和だった。


 アドフルが迎えに来た。今は馬車は導師が使っている。なので、徒歩での移動になった。

 アドフルは疲れているのか背中が丸まっている。それより、意外なのはエルトンも同行している。

 話をきくと、エルトンは騎士団長の命令ではなく、送り迎いを志願したようだ。

 それは後日に騎士団長にぼやかれる。何でも、頼み込む顔が怖かったから許したと。

「エルトンさん。よいのですか? 貴重な訓練の時間を使って?」

 僕はきいた。

「問題ありません。送迎の時間はアドフルの休憩の時間です。一時も無駄な時間を使っていません」

 エルトンはアドフルと反対に元気が有り余っているようだ。

「今期のブドウは良い出来であるそうですよ。熟成されたワインが待ち遠しいです。シオン様はまだ飲めませんが、大人になる頃には美味しいワインになっていると思います」

 エルトンはご機嫌のようだ。

 僕はエルトンの話をききながら、城にある訓練場に向かって歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る