第49話 父

 振動が止まると、今度は荷台から降ろされたのか、石畳と木のぶつかる音がした。そして、寝かされて、ゴロンゴロンと回された。

 どうやら、タルの中らしい。

 僕は転がり続けて酔いそうになった。

 そして、タルが止まると縦に起こされた。そして、天井のふたが開いた。

「ようこそ。男爵様」

 知らない男がのぞいていた。

 髪の長い男は僕を持ち上げた。そして、僕をタルの外に出した。

 五人ほどの男がいた。裏稼業なのか身なりは汚かった。

「何で、手足を縛っていないんだ!」

 怒声が聞こえた。

 それは知っている声だった。

 僕の父親である。他の誘拐犯と違って身なりは気にしているようだ。

「必要ねーよ。魔術さえなければ、ただのガキだ。大人しいのがいい証拠だ。それに、てめえのガキにビビるなよ」

 男は笑った。

「手足を拘束しろ!」

 父はいった。

「必要ねえよ」

 男は笑った。

 だが、それは男の最後だった。

 父が剣で刺したからだ。

「おい。何をしている?」

 金髪の男はいった。

「オレのいうことをきけ。そいつを縛れ」

 父は剣を抜いて男たちに向けた。

 男たちは動揺していた。そして、顔を見合わせていた。

「さらに死にたいのか?」

 父は凄んだ。

「わかったよ。仕方ねーな」

 禿げ頭の男は縄を持って、僕に近づいた。

 僕は下がるが、すぐに壁に当たった。

「大人しくしろ。殺しはしない」

 僕は素直に従った。

 手足にロープが巻かれた。もう、身動きはできない。素直に地面に転がるだけだった。

 父が僕に近づいた。

「なぜ、お前は生きている。それも幸せそうに。何でお前が男爵なんだ。理解できない。お前はローシェに悪いとは思わないのか? 家族を捨て公爵の犬になっている。ローシェが見たら泣くだろう。家族の思い出を何で捨てれるんだ。理解できない」

 父はそういうと瓶に入ったワインをあおった。

 一方的な思い込みと偽善。母を自殺に追い込んだのは父だ。それなのに僕のせいにする。それに、奴隷として売ったのに父親面をする。不快しかなかった。

 僕は魔力を体に回した。

 首に絡みつく魔道具は魔力の流れを乱す。だが、魔道具が乱す以上の魔力を流せば、妨害される魔力の流れは少ない。だから、魔術は発動できた。

 僕はクラッシュ《粉砕》の魔法で首輪を破壊した。

 それを見た父は驚いている。

 僕は手足の縄もクラッシュで破壊した。

 父はすでに後ろに下がるように飛んでいた。他の男たちは驚いているのか動かない。

 僕は手を振る。動作による最速の魔術だ。

 水のブレイクブレットを部屋中に発射した。

 何度も指揮者のように手を振る。ホコリが舞うが、構わず何度も射出した。

 人の気配がなくなるのを感じて、風の魔術でホコリを払う。そこには男たちが倒れていた。しかし、その中に父はいない。

 僕は玄関らしいドアを開けた。そこは石畳と石の積み上がった壁があった。外に出たようだ。

 視線を感じて、その方向を見ると、父がいた。

「お前は必ず殺す。子供のくせに親に刃向かった。今まで息子だから見逃していたが、その必要はなくなった。ローシェが寂しくないように、あの世に送ってやる」

 父はいいたい放題いうと、町の闇の中に消えた。

 喧騒が聞こえた。

 どうやら、爆発音で衛兵が駆けつけたようだ。

 僕は衛兵が来るのを待った。


 僕は誘拐されましたと申告したのだが、衛兵に聞き入れてもらえなかった。

 誘拐されていながら、犯人を倒している。何より傷一つないのがわからないようだ。

 そのため、後見人である導師の到着を待った。

「本当にザンドラ・フォン・ランプレヒト公爵の息子か?」

 貴族らしい男はいった。

 僕が公爵の養子であるといったため、行政関係の屋敷の応接間で質問を受けている。本来なら、衛兵の詰め所に送られるようだ。

「はい。シオン・フォン・ランプレヒト男爵でもあります」

「それが、引っかかるのだ。この歳の男爵は知らん。いるはずがない」

 僕の話を聞く貴族は情報に詳しくないようだった。

 男爵は一代限りの爵位である。そのため、親から引き継げない。だから、功績がないと成れない爵位であった。

「ザンドラ・フォン・ランプレヒト公爵様が参りました」

 衛兵が声を上げた。

 その声を聞くと男は迎えに行く。そして、導師と共に応接室に帰ってきた。

 導師はいつものように気丈にすたすたと歩いてきた。

「ケガはないか?」

 導師は目の前に来ると、すまなそうな顔をした。

「はい。傷はありません」

 僕はイスから立った。

「なら、いい。すまなかった」

 導師はひざを着いて僕を抱きしめた。

「申し訳ありません。シオン・フォン・ランプレヒト男爵は本当に男爵なのですか?」

 男は雰囲気も考えずにいった。

「そうだよ。私の子であり、男爵の地位を王から拝命された。戦略級魔術師といえばわかるだろう」

 男は驚くと顔色が変わった。

「申し訳ありません。このように幼い子が男爵とはわかりませんでした。失礼しました」

 男は額から脂汗を流しながらいった。

 僕のうわさはどのように伝わっているかわからなかった。

「シオン。家に帰ろう」

「遺跡の調査はいいのですか?」

「ああ。お前の方が大事だ。後は他の者に任せるよ」

 導師は体を離して立ち上がる。そして、手を出した。

 導師は優しい目をしていた。

 僕はその目に答えるように、その手を握って歩き出した。

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