第39話 養子
「ランプレヒト様。なぜ、魔術の勉強をしないのでしょうか?」
食事が終わった席で家庭教師のギードはいった。
「必要がない。それどころか、常識に縛られたくない。だから、教えていない」
「ですが、魔術は必須です。教育をしない理由になりません」
「それなら、問題ない。無詠唱で公級魔術師だから。……疑うなら、明日、実践させる。それで判断してくれ」
「わかりました」
ギードは下がった。
次の日の、午前中の時間を使って、家庭教師の二人を連れて荒野に来た。
「シオン。適当に魔術を出してくれ」
導師はやる気がないようだ。
僕はドラゴンフォースを出した。
水龍が空を遮るように立っている。
家庭教師の二人は驚いていた。
「これは公級魔術ですよね。何で、言葉も発せずにできるんですか?」
家庭教師のギードはいった。
ドラゴンフォースは公級魔術らしい。以前の家庭教師をした傭兵のマールは手加減をしなかったようだ。
「それが、シオンが男爵という爵位をもらえた理由だ。魔術ならそこら辺の魔術師には負けん。それにレールガンはシオンの発想だ。だから、二人には魔術の常識を教えてもらう必要はない。それどころか新しいものを生み出す害になる。ふたりとも、そこに気を付けて指導してくれ」
「わかりました」
家庭教師の二人は緊張してかしこまっていた。
「そういえば、有翼族のマネですが、魔術を速射できるようになりましたよ」
僕は導師にいった。
「ほう。見せてみろ」
僕は腕を振るった。
すると、手の振りと連動してブレイクブレットの魔術が発現して弾が飛んでいった。
「無詠唱にしては速いな。手を振るのは理由があるのか?」
「ええ。魔力を流して変換して飛ばすというイメージを、体で覚えさせる方法です。なので、指で指すだけで攻撃できます」
「ただの無詠唱とどちらが早い?」
「わかりません。計ったことはないですから。ですが、魔力を簡単に扱えます。代償として、速くなればなるほど威力は下がります」
「なるほど。これは実験しないとわからないな。まあ、時間はある。公級魔術を動作で使えるようにしてくれ」
「わかりました」
僕はそう答えたが、難易度の高い要望だった。
魔術での騒ぎがあった後は一時間ほど魔術に使える自由な時間が与えられた。
それ以外は四六時中、家庭教師は側にいて貴族としての作法や礼儀を学んだ。
「ところで、ダンスのレッスンをしたいのですが、お相手になる方を呼んでもらえませんか?」
家庭教師のアデーレはいった。
「ノーラでは相手にならんな。シオンの身長が低すぎる。友人の娘に相手になってもらおう。今度、頼みに行く。その時までに一通り教えておいてくれ」
「わかりました」
アデーレは頭を下げると食事を再開した。
今は貴族である僕と導師の食後である。そして、同じ席で家庭教師の二人は同じ食事を食べていた。
導師の方針である。
導師と同じ料理を食べるのは変わらない。しかし、家庭教師は僕の食事のマナーを守っているか視線を離せない。そのため、僕と導師が食事が終わった後に同じ席で食べている。
家庭教師の二人には最初は受け入れなかった。
「もし、私の敵対する貴族の手の者なら、同じ食事を嫌がるだろう。その時は毒を入れたということだからな。だから、お前たちにも同じ食事をしてもらう。それに長い付き合いになるんだ。私の家の方針に従ってもらう」
導師の言葉に二人は従った。
貴族と同じ食事だ。不満はないだろう。導師は香辛料をケチらず使うようにいっている。だから、まずい料理はないはずだった。
家庭教師がついてからは時間が簡単に過ぎていく。それほど、濃密なスケジュールのようだ。
救われたのは、午後の時間である。この時間は無詠唱魔術を教えるためと、僕のダンスの練習のためにカリーヌの家に行く時だった。
カリーヌは貴族らしくゆったりしている。そのため、無詠唱魔術の勉強も僕のダンスの練習もカリーヌの機嫌次第だった。
そのため、ゆっくりお茶をして休めるのだ。そして、練習も三十分すればいい方だ。
カリーヌはトランプのカードゲームにハマっていた。なので、僕のダンスの練習はおさらいでしかなかった。
「たまにはレティシアが相手をしてよ。悪いところを客観的に見れないわ」
カリーヌは練習の時間に必ずいるレティシアにいった。
「嫌よ。貴族らしいもの。私は遊びに来たのよ」
レティシアは嫌がった。
「その割には、シオンがいる時間だけは外さないわね」
「二人だけでカードゲームをするのはつまらないでしょう? 三人で遊びたいだけよ」
「まあ、いいわ。では、何から始める?」
カリーヌはメイドからトランプをもらった。
淡々と毎日が過ぎていく。僕はこのまま過ごしていいのかわからない。やるべきことがある気がする。だが、僕の力では無理なことばかりだ。
「シオン。養子の件は考えてくれたか?」
導師に書斎に呼ばれてきかれた。
「それなんですけど、養子になると何が変わるのですか?」
「そうだな。生活面では何も変わらない。ただ、立場が変わる。公爵の継承権はないが、公爵の養子ということで貴族たちの見る目が変わるだろう。それに私と敵対している貴族と戦わなければならない。まあ、それは後見人をしているから、それは変わらない。まあ、お互いの立場をはっきりさせたいだけだ」
導師は苦笑いをした。
「それなんですが、父の件があります。導師には悪い話だと思います」
「ああ。逃げて生きているのは確認した。もう、まっとうに生きるのをやめたのも確認したよ。だが、それでもお前を養子にする。手放したくないからな」
「もの好きなんですね」
僕は苦笑した。
「その歳でいう言葉ではないぞ。まあ、そんなお前だから選んだ。受けてくれるか?」
僕は考える。養子の件は受けても受けなくても関係は変わらない。導師の下から離れる気はないからだ。だが、導師は公的にも確かなつながりのある関係を求めている。僕が他の貴族に取り上げられる可能性もあるからだ。導師より上の貴族には刃向かえない。だから、養子にしたいのだろう。だが、僕には父という業がある。それは僕だけの問題だけでなく、導師が後ろ指を指される理由になる。だから、導師には良い話ではなかった。だが、それでも求めるのなら答えるだけだった。
「……はい。僕でよければ」
「ありがとう」
窓から陽光が差す中で、導師は今まで見せたことがない笑顔をしていた。
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