第30話 大捕り物

 ドゴンと音が鳴った。何かが破裂したようだ。

 男たちはあわてて武器を掴んだ。

 全身装甲の何者かが入ってきた。

 僕は火の弾を出して高温にした。そして、それで鎖を焼き切った。だが、両手は自由にならなかった。

 父が僕がいる部屋に入ってきた。

 僕はクラッシュ《粉砕》の魔術で横の壁に穴を開けた。そして、そこに飛び込んだ。

 そこは裏路地だった。

 人が二人いる。片方は騎士のようなかっこうをしている。そして、反対側は盗賊みたいだった。

 僕は盗賊らしき男にブレイクブレットの魔術を放った。間違えた時の保険として威力は弱い。だが、盗賊らしき男は倒れた。

「坊主。大丈夫か?」

 騎士らしき男の声に覚えがあった。

 アドフルとの槍の稽古に参加したヒマな騎士だった。

「はい。ケガはありません」

 僕は答えた

「今、鎖を解く」

 騎士は僕の鎖に手をかけた。

「チッ」

 舌打ちが聞こえた。

 穴から顔を出していたのは父だった。だが、すぐに顔は隠れた。

 騎士は鎖を解けないみたいだ。あきらめて僕を担いだ。そして、裏路地から逃げるように走った。


「隊長。目標を保護しました」

 僕を担いだ騎士はいった。

「ご苦労。ここで待て」

 隊長であるアドフルはいった。

「裏路地の囲いが薄くなりますが、いいのですか?」

 騎士は僕を下ろしながらいった。

「今は保護が目的だ。掃除が目的ではない」

 アドフルは答えた。

「わかりました」

 騎士は答えた。

「ありがとうございます」

 僕はアドフルに頭を下げた。

「礼はいらない。今回の行動は予定した仕事である」

「それって、僕が誘拐されるのがわかっていたのですか?」

 僕は驚きながらもきいた。

「もちろん。いつも屋敷の行き帰りに尾行を付けていた。ヤツらが動くのを見越してな」

「それって、父が動くとわかっていたんですか?」

「団長は確信していた。だから、エサとなってもらった。すまないな」

「いえ。家庭のことは自分でケリを付けないとならないことです。他人の手をわずらわせるのは間違っています」

「……それは間違っている。オレたちは仕事をしているに過ぎない。お前の家庭の話に興味はない。だから、気にするな。それにオレたちを信用して欲しいぞ。盗賊ぐらい壊滅してみせる」

 アドフルは頼もしかった。

「……はい。申し訳ありません」

 僕のできることは謝ることしかなかった。

「それより、鎖を解いてもらえ。窮屈きゅうくつだろう」

 僕は騎士に腕の鎖を解いてもらった。

 しばらくして、鎧を着た騎士が駆けて来た。

「隊長。三人は捕まえました。ですが、四人ほど逃げられました」

「それなら、構わない。追いつめるのはこれからだ。ヤツらは必ずヤツの下に向かう。その時が本番だ」

 アドフルの眠れない夜は続くようだった。


 僕は導師の下に帰された。今後の仕事は全て騎士がするらしい。

 だが、僕の身内である父は逃げている。決着は自分の手でつけたかった。

「お帰り」

 導師が玄関で迎えてくれた。

「ただいま帰りました」

 僕は下を向いたままいった。

「……お前が気に病む必要はない。お前の父は道を踏み外した。それはお前のせいではない。だから、気に病むな」

 導師は詳しく知っているようだ。

「でも、肉親です。何かできることがあるはずです」

 僕は導師にいった。

「お前の歳はいくつだ?」

「もうすぐ、七歳になります」

「その歳で大人と同じことができると思っているのか?」

「……何かできるはずです」

「それは傲慢だな。前世の記憶があるからといって、大人と同じように考えるのは間違っている。今回、さらわれてよくわかったはずだ」

 確かに導師のいう通りだ。魔術を使えても、まだ、幼い体だ。大人と競い合っても勝てるはずがなかった。

「お前はお前のできることをすればいい。お前は背伸びをし過ぎだ」

「でも……」

 導師は近寄って僕の頭をなでた。

「今は私に頼れ。親代わりでもあるんだ。それに、お前には笑っていて欲しい。だから、何でも抱え込むな」

「……はい」

 僕のほほに冷たいものが流れるのを感じた。


 一つの子爵の家が潰れるようだ。

 朝の食事の席で導師は語った。

 僕をさらった盗賊たちは、逃げて背後にいた貴族の下に行ったようだ。

 そこを騎士団に乗り込まれたらしい。

 そして、大捕り物になったようだ。

「父はどうなりました?」

 僕は導師にきいた。

「捕まえた。……だが、生きていない。抵抗して死んだようだ」

「本当なんですか?」

「ああ。私の情報ではな」

 父が死んだ。僕にはそれをどう受け止めたらいいかわからない。僕は売られ、またさらわれて売られる。そんなことをした父を恨んではいない。父は生きるために金が必要だった。しかし、僕を犠牲にするやり方は人とは思えない。だから、もう父とは思っていない。だが、心に引っかかる。父には生きていて欲しかった。なぜ、そう思うのかわからない。だが、その感情は本物だった。

「泣くな。お前の責任ではない。お前の父であった男の生き方の結果だ。責任は男にある」

「……はい」

 僕は涙を拭くことしかできなかった。

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