第29話 再会

「ごめんなさい」

 カリーヌにいわれた。

「お父様がいっていたように、ウソに踊らされただけですよ。ちょっとした勘違いだと思います」

「でも、お父様がウソをついた」

「うん。僕は上手く使われただけですね。でも、気にしてないですよ。……ですから、反対にそれだけ信頼しているとも考えられます。僕が手加減するのを見越していたと思いますから」

「……うん」

 カリーヌは落ち込んでいる。

「もしかして、よくあることなんですか?」

「……お父様がウソをいって、お兄様たちを振り回すの。でも、それも教育といっているわ」

 ジスランのウソは日常らしい。だが、貴族社会で生き残るための知恵だろう。変なうわさで下手を打たないために。

「カリーヌ様もウソをつかれるの?」

「……私にはないわ。でも、いつもお兄様たちが振り回されるの。その度に怒られるの。お父様がついたウソなのに」

「それは情報というものを大切にしているからだと思いますよ。他人のウソにだまされないように」

「でも、家族でウソのいい合いはしたくはないの」

「……はい、そうですね。……それはお父様にいいましたか?」

「……うん。何度もいっているんだけど、聞いてくれなくって」

 ジスランは教育方針を曲げないようだ。

 僕のような子供の意見は通らないだろう。だから、僕はカリーヌの言葉を聞くしかなかった。


 夕食の席で導師にジスラン宅であった話をした。

「まあ、あいつの武器は情報だ。だから、自然とそういう教育になる。マネするなよ」

 導師は簡潔に話を終わらせた。

「カリーヌ様のお願いはきいてもらえないんですか?」

 僕はきいた。

「無理だ。あいつの家が存続できる理由だからだ。だから、子供の頼みはきけないな」

「そうですか……」

「お前が気に病む必要はない。それに貴族をやっていればわかる。情報の大切さが」

「はい……」

 僕は沈黙した。

「……それより、貴族らしい公爵家を見た感想は?」

 導師はにやけていた。

 僕の感想が楽しみみたいだ。

「お茶の時間が多いですね。でも、くつろいでいるようで、バタバタしている感じがします」

「まあ、あの家の子は若いからな。元気だからだろう。だが、お茶が多いのは貴族らしいぞ。貴族は基本的にヒマを持て余しているからな」

「そうなのですか? 導師はいつも忙しそうですけど違いは何なのですか?」

「私はヒマな時間を研究に割いている。おしゃべりに使わないだけだよ。一生は短い。だから、趣味に打ち込んでいるのさ。お前は魔術を習って何をするつもりなんだ?」

 導師は僕をそういうふうに見ているようだ。

「まだ、わかりません」

「そうか? お前には目的がある。それは前世の男が持っていた願望だ。知らないとはいわせないぞ」

「あの人にきいたんですか?」

「きいたが、答えてくれなかった。だが、何かをしたかったのはわかる。それと成就はできなかったようだ」

「……今はいいたくありません」

 神様になりたいなどいえるわけがなかった。

 導師はクスリと笑う。

「……まあ、いい。気が向いたら教えてくれ」

 導師は簡単に引き下がった。


 午前中は魔術の本を読んで過ごす。そして、昼食を食べるとカリーヌの下に行って魔術を教える。午後三時になると城に行ってアドフルに槍の稽古をつけてもらう。

 そのサイクルが日常になった。

 だが、その日は城から帰る道の雰囲気が違った。

 夕陽の落ちるオレンジ色の光に黒い影が見えた。その影は僕に鋭い視線を投げていた。

 僕はいつでも魔術を展開できるようにして歩いた。

 ふと、背後に気配を感じた。

 振り返ると大きな男が立っていた。

「なんだ。ガキはガキか」

 男はあきれたようにいうと、僕の腹をすくうように殴りに来た。

 僕は両腕で防御する。だが、拳の威力は殺しきれなかった。

 体が宙に浮いた。

 男は大柄なのに動きは速い。男は僕の横に体を動かす。

 僕は宙に浮いたままだ。体を動かすことはできない。その代り、ブレイクブレットの魔術を展開した。

 僕の後頭部に痛みが走った。それと共に目の前が闇に染まった。


 騒がしい音に僕は目を開けた。

 前にある扉は薄く開いている。その隙間から男たちの騒ぐ声が聞こえた。

 僕はことのいきさつを思い出す。

 道を歩いていたら男に襲われた。そして、気絶させられた。そこまでは思い出せる。だが、汚い部屋にたどり着いた記憶はない。

 手足を動かそうとしたが鉄の鎖で縛られていた。

 どうやら、誘拐されたようだ。だが、僕を誘拐する目的がわからなかった。

「本当に公爵が金を出すと思うか?」

 男の声が聞こえた。

「こいつを買うのに大金を払っている。今回も払う」

 聞き知った男の声が聞こえた。

 扉の隙間から男たちのを見る。五人ほど男が見えた。

 その男の中に父がいた。身なりは変わらないが、表情はやさぐれていた。

「まあ、金を出さなくても隣国で奴隷として売ればいい。無詠唱の魔術師だ。きっと、大金になる」

 父はそういってにやりと笑った。

 久しぶりに見る父は変わっていた。母が生きていたら、きっと泣いていただろう。それほど、父は変わってしまった。

「おい。ガキが起きたようだぞ。顔を見にいかないのか?」

 男がはやし立てた。

「必要ない」

 父は僕をちらりと見て顔を背けた。そして、ワインらしき酒をあおった。

 もう、父とは道を違えたようだ。もう、親子に戻ることはない。だが、それは奴隷として売られた時にわかっていたはずだった。

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