第18話 メイド
数日後、伝令が来て登城した。
なぜか僕は導師と一緒に謁見の間にいる。そして、問題になっていた話の審判をきいていた。
「前例がなく異例だったが、特許は二人のものとする。今後も同じようなことがあれば、連名でも受け付けるようにした。異存はないか?」
宰相はいった。
「はい。ありません」
導師はいった。
宰相は僕を見る。なぜ見られているのかわからない。
「シオン。同じように答えろ」
導師がボソッといった。
「はい。ありません」
僕はあわてて答えた。
「うむ。盗作騒ぎはこれでお終いだ。二人ともさらなる精進を期待する」
僕たちは頭を下げ退室した。
あっけない結末に導師に尋ねた。
「今回は王の度量を見せたんだ。平民でも魔術の特許を取れると。……だが、謁見の間に平民はお前しかいない。だから、この話は貴族しか知らない。今後も特許は貴族が独占することになる。……まあ、特権を手放す貴族はいないということさ」
納得できないが、この世界では仕方ないことのようだ。
「ところで、アナはどうなったの?」
「わからん。ベルルーティ侯爵はいなかったからな」
「そうですか……」
「お前が貴族の闇を見る必要はない。貴族でないお前は闇を見なくていい。貴族のことは貴族に任せろ」
「……はい」
貴族の戦いは闇が深いらしい。僕がのぞくのは危険のようだった。
新しい使用人は女の人だった。歳は二十三で、メイドらしく家事全般はできる。
それに紹介先は導師の仲の良い貴族のようだ。身元はしっかりしているらしい。
「ノーラ・ロドリと申します。ノーラとお呼びください」
「私の家は他の貴族と違って決まりごとが違う。シオンにいわせると平民と似ているらしい。今すぐには慣れないだろうが、慣れるように」
「わかりました」
ノーラは返事は堅かった。
「では、飯にしよう」
導師がダイニングのテーブルに着くと、僕も席に座った。
ノーラが怖い顔をして近づいてきた。そして、耳打ちする。
「下男なんだから、主人と同じ席についてはなりません」
ノーラは席から降りるようにいった。
「構わん。それどころか、私の家では普通だ。私一人の食事では寂しいからな」
導師はいった。
「ですが……」
ノーラの判断は違うらしい。
「お前も食事を配ったら席につけ。これは主人の命令でもある」
当然とばかりに導師はいった。
「使用人が主人と同じ席にはつけません」
「先ほどいっただろう。私の家は他の貴族と違うと。それに、使用人としての立場を理解していればいい。それ以外は私のわがままに付き合ってくれ」
「……はい。わかりました」
ノーラはあきらめたようにキッチンから料理を運んだ。
僕も手伝いにいったが拒まれた。落とさないか心配らしい。仕方なく、ノーラに任せて僕は席に着いた。
「……失礼します」
ノーラは恐る恐るイスに座った。
「ノーラは貴族と同じ食事の経験ないのか?」
導師はノーラにきいた。
「ありません。普段は主人の食事を見守っているだけです」
ノーラは恐縮していた。
「まあ、それが普通だな。だけど、この家は違う。私がルールだからな」
「ですが、他の貴族様と会食する時に困りませんか?」
「今のところ、困ったことはない。この家に来る貴族はいないからな。あるとしたら私が行く時ぐらいだ。作法は学んだが、貴族のしきたりは堅苦しい」
「そうですか……。ですが、私はこんなに
「料理を作る時に味見をするだろう。その味見が多くなったと考えればいい」
「はあ……。努力します」
ノーラの努力はメイドの仕事でなく、導師のルールに慣れるのに使われそうだった。
書庫で魔術の本を読んでいるとノーラが入ってきた。
ノーラは怒った顔をして近づいてくる。
「下男なのに、主人の書物を呼んではダメよ」
ノーラには僕のしていることは悪いことのようだ。
「僕は導師の魔術の研究を手伝うために雇われています。だから、書庫は導師がいなければ好きに使っていいといわれています」
「本当?」
ノーラの理解を得られないようだ。
「では、導師にききましょう。それで、わかるはずです」
「ええ。いいわ」
ノーラは挑戦を受けたように鼻息が荒くなった。
ノーラを連れて移動し、導師の研究室のドアを叩いた。
「入れ」
導師の声が聞こえた。
僕は扉を開けて中に入った。
「どうした?」
導師は並べた書類から目を離してこっちを向いた。
「書庫の件です。ノーラさんが理解してくれません」
僕はいった。
「ん? どういうことだ?」
導師にきき返された。
「下男でありながら、貴重な本を読んでいました。なので、注意したのですが、主人の許可はもらっているといっているのです」
ノーラが僕の代わりに答えた。
「それなら、許可は出している。シオンは私の共同研究者だ。本を読んでもとがめることはない。そればかりか、新しい発想を出して欲しいと思っている」
ノーラは僕と導師を見比べた。
「もしかして、シオン君は貴族ですか?」
「いや。平民だ。お前と一緒だよ」
「平民が魔術の研究ですか? この歳で?」
「ああ。シオンには特別な記憶がある。だから、雇っている。もちろん、それ以外にも理由があるけどな」
「記憶とは何でしょうか?」
導師はクスリと笑った。
「その内にわかる。知りたければ、この家に慣れろ」
「はあ……」
ノーラには導師のルールがわからないようだ。
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