第11話 勧誘

 地獄のような訓練が終わり、家にたどり着いた。

 玄関を開けダイニングに向かった。

「お帰り。傷の具合はどう?」

 アナが食事の用意をしながら迎えてくれた。

「大丈夫。帰りながら回復魔術を使っていたから、もう痛みはないですよ」

「あまり無茶しちゃ駄目よ。魔術は万能ではないんだから」

「はい。それより導師は?」

 いつもいる導師がいなかった。

「まだ書斎しょさいにこもっているわ」

「何かの研究ですか?」

 導師にしては珍しかった。僕の前世の記憶を必要としないなんて。

「違うわよ。あなたの勧誘よ。色々な貴族から手紙が届いて返信を書いているところ。結構な量よ。人気者ね」

 僕は導師以外の貴族に仕える気はない。しかし、権力の圧力で他の貴族の下で働く可能性があった。

「僕が他に行く可能性は、どれくらいですか?」

「それは私にもわからないわね。どんな貴族が目を付けたのがわからないから」

 アナはすまなそうにいった。

「そうですよね。無理なことを聞いてすみません」

「別に構わないわ。それに他人行儀にならないで。今さらでしょう?」

 アナは他人行儀を嫌った。

「うん」

 僕は導師の家に来てから世話になっている。アナは年の離れた姉のようなものだった。

「導師を呼んで来て」

 アナにいわれ、導師の仕事場に向かった。

 扉の前に立ちノックをする。

「開いてるよ」

 導師のいらだちが入った声が聞こえた。

「導師、ご飯ができました」

 扉を開けていった。

 導師は机に向かってペンを走らせていた。

「わかった。今、行く」

 導師は肩がこったのか腕を回した。

「肩もみでもしますか?」

「ん? 何かお願いがあるのか?」

「いえ、疲れているようですから」

 前はお願いごとをする時は肩をもんだりしていた。

「そうかい。では、少し頼むよ」

 導師は頭を動かして首を鳴らした。

 僕は導師の肩に手を置いてもみ始めた。

「いいねぇ。久しぶりだが、変わらないね」

「そうですか。手は大きくなったと思うんですが」

「最初の頃に比べたら、大きくなったよ。でも、まだまだ大きくなるよ」

「そうですか? 身長が足りなくって槍の訓練では不利です」

「そのうち大きくなるさ。まだ、成長期なんだ。無駄な心配するな」

「はい」

 僕はアナが呼びに来るまで、導師の肩をもんでいた。


「それで、手紙の返答は、どうしたんですか?」

 食卓でアナが導師に尋ねた。

「断っているよ。見た目通り、まだまだ子供だからね。それに前世の記憶との混同がある。他の人間には任せられないよ」

「ですが、将来を考えると安泰ですよ。士爵になったら、一生安泰ですよ」

 士爵は騎士と術士を指している。士爵はそれほど名誉のある身分らしい。

「魔術師として要望されている手紙が多い。宮廷魔術師の助手か、衛兵だろう。騎士になるには馬が乗れないといかん」

 やはり槍は認められていないようだ。闘技場では魔術しか使ってない。それが災いしたようだ。

「騎士は難しいですかね。でも、無詠唱で魔術を使えますから、術士として重宝されそうですね」

 アナの言い方だと、無詠唱で魔術を使う人は少ないようだ。

「だといいがな。でも、当分、私は手放す気はないぞ。知識の倉庫だ。まだまだ、私の下で働いてもらう」

「でも、出世のチャンスですよ?」

「常識を覚えたら、好きにさせるさ。それまでは駄目だね。おっかなくて手を離せない」

 そういうと導師はスープをすすった。

 自分では普通のつもりなのだが、認識は違うらしい。

「まあ、青田買いにしては、ちょっと早いですからね」

 アナはいった。

「逆さ。早くからしつけができるのがいいのさ。自分の色に染められるからね」

「なるほど。ですが、大きくなるまで、他の貴族の勧誘を断れますか?」

「そうだが、まだ先の話だ。だが、このまま私の助手として働かせるぞ」

「そうですね。まだ、子供ですものね」

 そういわれると、僕はまだまだ子供だった。まだ、一桁の歳なのだから。


 転移魔術で荒野に一人でやって来た。

 一人になりたい時とか、新しい魔術の実験をするために転移魔術は導師から教わっている。

 何度も来ているので、転移魔術は無詠唱でできるようになっていた。

「ブレイクブレット」

 土の球を三十ほど作って背後に展開した。そして、岩に向かって放つ。絨毯爆撃のように岩に弾が当たった。土煙が去ると、岩は原形をとどめていなかった。

 どうしても、この魔術を超える魔術を想像できない。レールガンはこの魔術の前では見劣りした。協力すれば、魔術師は簡単に威力が出せる。だが、一人では威力は低かった。ブレイクブレットの一発に魔力を込めた方が威力が出た。つくづく、この魔術を作った人は天才だと思う。だが、製造者の名前はない。昔からある基本の魔術で名前は消え去っていた。

 しかし、これを超える魔術を創造できる可能性はあった。エネルギーは質量かける速さの二乗で求められる。つまり、光速を超える速さで物質同士がぶつかれば、そのエネルギーは天井知らずだ。そのエネルギーを発生させれば、爆風だけでも都市一つを消すこともできる。そして、それを実現できる方法はあった。だが、前世の記憶が押し留める。核爆弾に匹敵したら、戦略魔術として扱われる。使ったら最後、核戦争みたいに人族の存亡が関わる可能性があった。だが、それを回避しても、冷戦が始まる。未来に希望はなかった。

 だが、僕の前世の知識は少なくかたよっている。物理法則は学校で習った知識だけだ。それも完璧に覚えていない。偏差値は五十と平凡だった。

 そんな僕に前世の記憶など求められてもたかが知れていた。導師が期待する知識はない。もう少し、まじめに勉強をしていれば良かった。だが、前世の僕だから、今さら手出しはできない。そして前世の僕と今の僕は本質は変わっていない。だから、自分に失望するだけだった。

「ライトニング《稲妻》」

 無詠唱でもできるが、口に出した。

 雷が目前に落ちた。

 この魔術はこれで終わりだ。敵に雷を落とす魔術だからだ。しかし、足元にはプラズマ化した鳥がいる。白く輝く鳥は僕の命令を待っている。岩に向かって飛ぶように念じると、雷の速さで飛んで行った。そして、岩を破壊した。雷の鳥は消えていた。

 既にある魔術を改造することしかできない。導師に顔向けできなかった。


「先達が作って残ってきた魔術だ。天才でなければ超えることはできんよ。だから、そこまでお前に求めていない。私が求めたのは、あくまで異世界の知識だ。それが、インスピレーションを与えてくれる。お前が思い悩むことはない」

 導師は静かにいった。

「ですが、新しい魔術は必要では?」

「この前の魔術で忙しいから、問題ないぞ。魔術師どもは新しい魔術を覚えるのに苦労しているようだ。だから、当分、怠けていても問題ない」

「ですが、新しいものが思いつきません」

「勘違いするな!」

 導師はビシッとペンの羽で僕を指した。

「魔術を作るのは、あくまで私の仕事だ。雑用係の仕事ではない」

 そういうと顔を背けた。そして、続けていう。

「……まあ、お前が作れるなら、それに越したことではないが、気に病むな。新しい魔術を生み出すには、十年はかかるといわれているからな」

「……はい」

 僕はそう答えるだけだった。

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