第10話 感性


 控室の帰る通路でアドフルに会った。

「こんなところで、何をしているのですか? 次の試合が始まりますよ?」

 そういうと、アドフルに不満そうな顔で見られた。

「余裕があるな。命がけの戦闘をしたんだぞ。お前は怖くなかったのか?」

 前世の死の記憶がある。だから、一度死んだ僕には死は身近なものだった。だから、今日死のうと、明日死のうと同じ意味だった。

「……人間はいつか死にますから」

 アドフルが僕の胸ぐらを掴んで壁に押しやった。

「そんなんだと、簡単に死ぬぞ。恐怖は危険な状態にいるサインだ。それを感じないお前はどこかおかしい」

 そんなことはわかっている。だが、説明してもわからない。それに導師には前世は話すなと禁止されている。

「そういわれても感じませんでしたよ。僕でも勝てるとわかってましたから」

「はあ? 勝てるのがわかっていただと?」

 胸ぐらを掴む手に力を込められた。

「……直感ですけど」

「なぜ、槍は使わなかった?」

「大型の魔獣ですから、切り傷程度しかつけられないと判断しました。それより、僕は魔術師ですよ。魔術の方が得意です」

 アドフルは不満そうな顔をしながら、僕を解放した。

「わかった。推薦すいせんにはそう書いておく」

「推薦って何ですか?」

「今日のお前の活躍を見て、自分の配下にしたいと思う貴族が出てくるだろう。その貴族に武術の師としての言葉を求められる。その手紙に何を書くか決まった」

「他の貴族の下に行く気はないですよ。導師の下で十分です」

 アドフルの視線が冷たくなった。

「これはお前の出世のチャンスだ。雑用係で終わる気か?」

 僕が考えている将来は傭兵だった。理由はない。そればかりか情報がなく、傭兵のなり方さえ知らない。

「将来は傭兵をしていると思うので結構です」

 アドフルの眉間にしわが寄った。

「バカか、お前は? 傭兵どもが死力を尽くすのは、正規兵にして欲しいからだ。真っ先に死ぬためではない。わざわざ、回り道をするつもりか?」

「そうなんですか? 意外です。傭兵ってはみ出し者の集まりだと思ってました」

「確かに、そういう一面もある。規則に縛られるのを嫌う者。優秀過ぎるか、駄目すぎる人間たち。そのため集団行動からあぶれる者。そんな奴らのたまり場だ。そんな奴らと一緒にいられるのか?」

「僕は奴隷です。ですので、あぶれた側の人間と思っています。それに貴族の下で働くには無理です。導師のような物好きな方しかお仕えできません」

「その歳で、そんな風に自分を見ているのか。……戦勝祝いに休みにしてやるつもりだったが、明日も城に来い。その根性を叩き直してやる」

 アドフルはそういって去っていった。


 闘技場から出ると、導師とアナが待っていた。待ってくれていたのがうれしくなり駆け寄った。

「ご苦労だったな。でも、あんなに簡単に勝つと、素直に喜べんよ」

 導師は喜んでいるのか、残念がっているのか、わからない複雑な表情をする。

「何でです?」

「明日になればわかる。それよりそれは何だ?」

 導師が僕が持っている賞品を指した。

「賞品の剣です。ですが、導師からもらったものより悪いんですよね」

 僕は巻き付いた布をとり剣を見せた。

 導師は剣を取って、少しだけ引き抜いて刀身を見る

「まあ、仕方あるまい。お前の槍は掘り出し物だったらしいからな。滅多に手に入らないと聞いたよ」

 導師は剣を戻すと僕に渡した。

「そうですか。それでは、こっちはどうすればいいですかね?」

「その剣は闘技場で勝った印だ。後々、役に立つかもしれない。闘技場での勝者だと証明できるから」

「なるほど。では、しまっておきます」

 僕は空間魔術の倉庫に入れた。

「それでは帰ろうか。お腹が減ったよ」

 僕たちは家路についた。


 翌日、城に登城して訓練までのヒマを持て余していた。そんな時、いつもいる衛兵の一人が僕に尋ねてきた。

「昨日の魔術を見たぜ。なんて魔術なんだ」

「ブレイクブレットですよ」

「おい、嘘はいけねえな。あれだけの威力だ。子供だましの魔術ではないだろう?」

 僕は考える。このまま話しても信じてくれないだろう。実演するしかないようだ。

「試しにやってみますか?」

「おう」

 衛兵は簡単に答えた。城の中での魔術を使うのは、原則禁止されていた。しかし、衛兵の許可が出たのだ。魔術を展開するぐらいかまわないだろう。

「ブレイクブレット」

 簡単な詠唱と共に、四十の水弾を出した。

 衛兵たちがざわついた。

「昨日より多いぞ」

「お前、消せ。危ない」

 衛兵に言われて、出現した水弾を魔力に戻した。

「おい、城内での魔術の使用は原則禁止だ!」

 遅れて現れたアドフルに大声で怒鳴られた。

「ごめんなさい。見せてくれといわれましたので」

 アドフルが他の衛兵を見る。衛兵たちは目をそらした。

「昨日の観戦で魔術を見てみたい気持ちはわかるが、ここは城内だ。危険な魔術の使用は禁止している。今後、勝手に許可を出すな」

「はい」

 アドフルが一喝して衛兵たちの背中が伸びた。

「今日は昨日の戦勝祝いだ。槍でなく魔術だけで勝ったからには、今度は槍だけで勝ってもらう。そのための訓練だ。今日もはげんでもらうぞ」

 アドフルから地獄への宣告をされた。

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