魔法少女は続きたい その2



「ちょっと、遅いわよ」


 扉を開けて投げかけられる第一声も、特に悪意があるわけじゃなくて、挨拶みたいなものだとわかれば、特に気になることもなくなった。


「先生に色々文句言ってたんだよ」

「ああ、それはいいわ。どんどん言ってやりなさい。ハルミは一回痛い目見るべきよ」

「それは私も本当にそう思う」


 ……ナイトドレスに着替えて、の印象は、普段の姿とかなり異なっていて、暴君の威圧感は鳴りを潜めて、お姫様度合いが高くなっている。


「何ボサボサしてるのよ、さっさとして」


 うん、まあ、見た目の問題であって、中身に変化はないんだけども。

 一人で使うには大きすぎる、キングサイズのベッドに腰掛けたクァトランの後ろに回って、膝立ちになり、まだところどころ湿ってはいるけれど、ドライヤーで乾かしてふんわりとした質感になった髪の毛を持ち上げた。


「どうせなら別に私が洗ってあげても良かったのに」

「アンタと同じ風呂に入るのはぜぇったい嫌」


 両手で豊満な胸元を抱きしめながら、クァトランは少しだけ振り向いて、器用に私を睨みつけた。


「やっぱりもうちょっとかかりそう?」


 を掘り返されると私のほうが分が悪いので話題をそらす。

 幸い、クァトランもそれ以上続けるつもりはなかったらしく、ええ、と素直に肯定した。


「くっついたとはいえ、細かい動きはまだし辛いわ」


 あの日、身体から切り離されたクァトランの右肩から先は、幸いにも原型をとどめた状態で発見され、治療系魔法少女の奮闘と、クァトランの規格外の回復力によって、無事にぴったりとくっついたのだった。


 何でくっつくんだよ。


 ただ、自由自在に動かせるようになるには、流石にしばらく時間がかかるらしく、その間、クァトランは悪魔を『孔』に封じておく為に必要な、髪の毛の細かな結い上げができないので――――。

 不肖私、語辺リーンが、就寝前のお手入れ役に、抜擢されたのだった。


「……毎回怖いんだけど、ほんっとうに起きてる間は大丈夫なんだよね?」

「一時間くらいなら自力でなんとかなるわ。疲れはするけど」


 だからこそ睡眠中に、寝返りで角が解けるように、なんて迂遠な暗殺方法が選ばれたわけで。

 なので、間違っても解けないように、丁寧にしっかりと編み込んで、ご自慢のツインテールを仕立て上げていく。


 細く、透き通った薔薇水晶ローズクォーツのような糸の束。

 ふふ、いい艶だ。薦めたシャンプーとトリートメントをしっかり使っているなあ……?

 もうちょっと、もうちょっとで理想の髪の毛になっていくぞ……待ってろクァトラン最強ツインテール計画…………。


「あっだああっ!」


 後ろ向きにデコピンを放つという器用な真似をするクァトラン、壁まで吹っ飛んで後頭部を強打する私。


「邪悪な気配を感じたわ」

「何も言い訳できない……」


 おかしい、クァトランは髪の毛を高品質に保ち、私の欲望は満たされるwin-win関係のはずなのに……。


「…………はい、できたよ」


 そしてこれ以上ふざけると後に響くダメージを与えられそうなので、ちゃんと仕事をしました。偉い。

 鏡で仕上がりを確認したクァトランは、ふうん、と頷いて一言。



「ありがと、リーン」



 そう言った。


「どういたしまして」


 ひょいとベッドから降りて、扉の前まで向かったところで。


「――――あ、ちょっと待って」

「ん?」

「マグナリア見つけたら言っといてくんない? もう完璧だから、次は私が勝つまでやるって」

「自分でいいなよ」

「嫌よ、負け惜しみみたいじゃない」


 勝つまでやる宣言も大分負け惜しみみたいなものでは……ま、いっか。


「それじゃ、おやすみ、クァトラン」

「ええ、おやすみ」


 クァトランの部屋を出て、扉を閉めて、私は自室へと向かって歩き出す。

 クローネの話によると、従者ペアは時間がある時は呼び出されて、強制的にUNOをさせられているらしい。


 ……あれって半分運ゲーだと思うんだけど、なぜだかクァトランが勝ってる所を一回たりとも見たことがない。

 今度、テレビゲームとかやらせてみようかな、レースゲームとか、体ごと傾けるタイプだったらめっちゃおもろい……。


 従者ペアと言えば、くーちゃんは何食わぬ顔で、今もニアニャの《使い魔マスコット》として振る舞っている。

 皆とりあえず見て見ぬふりをしているが……まあ、クァトランが居れば大丈夫だろう。

 今頃メアはシャワーを浴び終わってベッドに転がっている頃合いだろう、今宵も抱き枕としての務めを果たすべく頑張らなくては。


「…………あれ? そういえば」


 皆が嘘をついています。

 暴き立てる必要はなかったけど、知ることでハッピーエンドへと向かう導べにはなってくれたあの言葉だけれど。



 メアの嘘は、私の時間逆行を知っていたこと。

 ミツネさんの嘘は、クァトランを暗殺しようとしていたこと。

 ファラフの嘘は、ジーンを自ら殺めたこと。

 クローネの嘘は、自分の固有魔法。

 ニアニャの嘘は、魔法少女ではなく悪魔(くーちゃん)の《使い魔》だったこと。

 ラミアとルーズ姫の嘘は、お互い好き合っていたこと。

 クァトランの嘘は、許されない為の、暴君としての振る舞い。


 ついでに私も嘘をついたけど、それも含めて。


「…………委員長って、なにか嘘ついてたっけ?」


 まあ、今更どうでもいいか、と寮の廊下を歩いていたら。


「…………ああ、リーン」


 噂をすればなんとやら、マグナリア・ガンメイジが、ふらふらと正面から歩いて来る所だった。


「あ、委員長、ちょうどいい所――――どうしたの?」


 表情はいつもどおりの仏頂面な委員長なのだけど、どこか顔色が悪く見えるような気が、しなくもないような……。


「…………私は、嘘をついていたわ」

「へっ?」

「最近、にわかにクラスで流行り始めている気配を感じたから、ルールを確認していたの」


 え、何、ここにきてUNOの話?


「えーっと、うん、それで?」

「知らなかった、知らなかったのよ……私もローカルルールに踊らされてた……」


 苦しげに、悩ましげに、それでいて重大な悲劇に直面したかのように。

 マグナリア・ガンメイジは、私の肩に両手を置いて、



「公式ルールでは、ドロー2の上にドロー2は……重ねて出すことができなかったのよ……!」



 後悔と自責にかられ、大きく項垂れる委員長。


「私は…………嘘のルールを信じ込んで、勝利を得てしまったの………!」


 数秒間、考えて。

 やがて、私はその一言を、喉の奥から絞り出した。







「…………………………あ、そう」







 VERY VERY HAPPY END!!

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