魔法少女は続きたい その2
☆
「ちょっと、遅いわよ」
扉を開けて投げかけられる第一声も、特に悪意があるわけじゃなくて、挨拶みたいなものだとわかれば、特に気になることもなくなった。
「先生に色々文句言ってたんだよ」
「ああ、それはいいわ。どんどん言ってやりなさい。ハルミは一回痛い目見るべきよ」
「それは私も本当にそう思う」
……ナイトドレスに着替えて、
「何ボサボサしてるのよ、さっさとして」
うん、まあ、見た目の問題であって、中身に変化はないんだけども。
一人で使うには大きすぎる、キングサイズのベッドに腰掛けたクァトランの後ろに回って、膝立ちになり、まだところどころ湿ってはいるけれど、ドライヤーで乾かしてふんわりとした質感になった髪の毛を持ち上げた。
「どうせなら別に私が洗ってあげても良かったのに」
「アンタと同じ風呂に入るのはぜぇったい嫌」
両手で豊満な胸元を抱きしめながら、クァトランは少しだけ振り向いて、器用に私を睨みつけた。
「やっぱりもうちょっとかかりそう?」
幸い、クァトランもそれ以上続けるつもりはなかったらしく、ええ、と素直に肯定した。
「くっついたとはいえ、細かい動きはまだし辛いわ」
あの日、身体から切り離されたクァトランの右肩から先は、幸いにも原型をとどめた状態で発見され、治療系魔法少女の奮闘と、クァトランの規格外の回復力によって、無事にぴったりとくっついたのだった。
何でくっつくんだよ。
ただ、自由自在に動かせるようになるには、流石にしばらく時間がかかるらしく、その間、クァトランは悪魔を『孔』に封じておく為に必要な、髪の毛の細かな結い上げができないので――――。
不肖私、語辺リーンが、就寝前のお手入れ役に、抜擢されたのだった。
「……毎回怖いんだけど、ほんっとうに起きてる間は大丈夫なんだよね?」
「一時間くらいなら自力でなんとかなるわ。疲れはするけど」
だからこそ睡眠中に、寝返りで角が解けるように、なんて迂遠な暗殺方法が選ばれたわけで。
なので、間違っても解けないように、丁寧にしっかりと編み込んで、ご自慢のツインテールを仕立て上げていく。
細く、透き通った
ふふ、いい艶だ。薦めたシャンプーとトリートメントをしっかり使っているなあ……?
もうちょっと、もうちょっとで理想の髪の毛になっていくぞ……待ってろクァトラン最強ツインテール計画…………。
「あっだああっ!」
後ろ向きにデコピンを放つという器用な真似をするクァトラン、壁まで吹っ飛んで後頭部を強打する私。
「邪悪な気配を感じたわ」
「何も言い訳できない……」
おかしい、クァトランは髪の毛を高品質に保ち、私の欲望は満たされるwin-win関係のはずなのに……。
「…………はい、できたよ」
そしてこれ以上ふざけると後に響くダメージを与えられそうなので、ちゃんと仕事をしました。偉い。
鏡で仕上がりを確認したクァトランは、ふうん、と頷いて一言。
「ありがと、リーン」
そう言った。
「どういたしまして」
ひょいとベッドから降りて、扉の前まで向かったところで。
「――――あ、ちょっと待って」
「ん?」
「マグナリア見つけたら言っといてくんない? もう完璧だから、次は私が勝つまでやるって」
「自分でいいなよ」
「嫌よ、負け惜しみみたいじゃない」
勝つまでやる宣言も大分負け惜しみみたいなものでは……ま、いっか。
「それじゃ、おやすみ、クァトラン」
「ええ、おやすみ」
クァトランの部屋を出て、扉を閉めて、私は自室へと向かって歩き出す。
クローネの話によると、従者ペアは時間がある時は呼び出されて、強制的にUNOをさせられているらしい。
……あれって半分運ゲーだと思うんだけど、なぜだかクァトランが勝ってる所を一回たりとも見たことがない。
今度、テレビゲームとかやらせてみようかな、レースゲームとか、体ごと傾けるタイプだったらめっちゃおもろい……。
従者ペアと言えば、くーちゃんは何食わぬ顔で、今もニアニャの《
皆とりあえず見て見ぬふりをしているが……まあ、クァトランが居れば大丈夫だろう。
今頃メアはシャワーを浴び終わってベッドに転がっている頃合いだろう、今宵も抱き枕としての務めを果たすべく頑張らなくては。
「…………あれ? そういえば」
皆が嘘をついています。
暴き立てる必要はなかったけど、知ることでハッピーエンドへと向かう導べにはなってくれたあの言葉だけれど。
メアの嘘は、私の時間逆行を知っていたこと。
ミツネさんの嘘は、クァトランを暗殺しようとしていたこと。
ファラフの嘘は、ジーンを自ら殺めたこと。
クローネの嘘は、自分の固有魔法。
ニアニャの嘘は、魔法少女ではなく悪魔(くーちゃん)の《使い魔》だったこと。
ラミアとルーズ姫の嘘は、お互い好き合っていたこと。
クァトランの嘘は、許されない為の、暴君としての振る舞い。
ついでに私も嘘をついたけど、それも含めて。
「…………委員長って、なにか嘘ついてたっけ?」
まあ、今更どうでもいいか、と寮の廊下を歩いていたら。
「…………ああ、リーン」
噂をすればなんとやら、マグナリア・ガンメイジが、ふらふらと正面から歩いて来る所だった。
「あ、委員長、ちょうどいい所――――どうしたの?」
表情はいつもどおりの仏頂面な委員長なのだけど、どこか顔色が悪く見えるような気が、しなくもないような……。
「…………私は、嘘をついていたわ」
「へっ?」
「最近、にわかにクラスで流行り始めている気配を感じたから、ルールを確認していたの」
え、何、ここにきてUNOの話?
「えーっと、うん、それで?」
「知らなかった、知らなかったのよ……私もローカルルールに踊らされてた……」
苦しげに、悩ましげに、それでいて重大な悲劇に直面したかのように。
マグナリア・ガンメイジは、私の肩に両手を置いて、
「公式ルールでは、ドロー2の上にドロー2は……重ねて出すことができなかったのよ……!」
後悔と自責にかられ、大きく項垂れる委員長。
「私は…………嘘のルールを信じ込んで、勝利を得てしまったの………!」
数秒間、考えて。
やがて、私はその一言を、喉の奥から絞り出した。
「…………………………あ、そう」
VERY VERY HAPPY END!!
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