エピローグ 魔法少女は続きたい
魔法少女は続きたい その1
暑い。
原因は明らかで、基本的人権を三ヶ月間、情け容赦無く剥奪された哀れ系魔法少女、語辺リーンは名誉抱き枕大臣に任命され、就寝時の自由を奪われているからだ。
…………くそ、夢を覗き見られた分の代金をもうちょっと高めに取っておくんだった。揉み放題プランとかどうだろう、略して揉みホ。
でもこの状況でメアを刺激すると、ホールド力が強くなって潰されかねないんだよなあ。ああ……朝のシャワーと髪の毛のお手入れの時間が失われていく……ただでさえ日課が増えたってのに……。
「すぅ…………」
あと、半分わかっていたことだが、別に私の夢を観察して無くても、メアは普通に寝坊助さんだった。
幸せそうに、気持ちよさそうに、むにゃむにゃと心地よく眠る相方。
「……ま、いっか」
この顔を失わずに済んだのだから、私の自由の一つぐらいは、気前良く支払うべきだろう。
☆
と、いうわけで。
後日談の話をすると、迷宮探索そのものは、本当にサクッと終わった。
なにせクァトラン、クローネが絶好調なものだから、八つの結晶を集めて、最下層の扉を開き、鳴り物入りで現れた《
…………うん、薄々分かってたよ。やたら問題出してくる石人形(ガーゴイル)とかもそうだったし、やけに魔物が人工物っぽいなって思ってたもん……。
つまりあの迷宮というか、島そのものが、学園が魔法少女の試験用として人工的に作成した、いくつかある拠点の一つだった、ということらしい。
お迎えが来るまでかなり時間があったので、委員長の『打ち上げパーティをします』の一言から始まった大騒ぎから始まって、最終的にクァトラン対他の九人で地獄の鬼ごっこをしたりとか、嘘みたいにはしゃいで、遊んで。
その時点で、皆、個別課題は達成できていて――――私にとってはほんっとうに長かった無人島での滞在を終えて、無事に戻ってきたのだった。
――――で。
「ハルミ先生は、何を、どれぐらい知ってたの?」
とある日の夜の事。
人生一番の仏頂面を携えながら、私は、やっと時間が作れたので、話を聞きますよとのたまったハルミ先生の部屋に居た。
「えーっと……ごめんなさいね?」
「謝罪を求めてるわけじゃなくて、事情を説明しろって言ってんの!」
これぐらいのことを言う権利ぐらい、当然あるだろう。
どれだけ苦労したと思ってんだ、八回死んでるんだぞこちとら。
苦笑しながら、ずれた眼鏡を直し、ハルミ先生はこほん、と咳払いをした。
「私が観測できたのは~、《悪魔》が顕現しうる可能性と、それに伴う未来の可能性の分岐まででして~……」
ハルミ先生の固有魔法、《
数多に分岐する過去現在未来から、人の才能、行動、結果……。
あらゆる事象を観測し、あらゆる可能性を推し量る……とは本人の弁で、それがどういう視点なのかは、私が知覚できるわけじゃないのだけれど。
「皆が笑っている可能性か、皆がいなくなった可能性、観測できたのは、その二つでした~。だから、その~…………」
えへへ、と年齢を考えず、はにかむように笑って。
「……ハッピーエンドに辿り着くには、リーンちゃんに頑張ってもらうしか、なくてぇ~」
「せめて事前に一言言っておいてもらえれば、覚悟の一つもできたんだけどね……」
まあ、ハルミ先生がそうしなかったってことは、できない理由があったんだろう。
抗議しても無駄なことはよく知っているので、せめて答え合わせがしたい。
「……それで、クァトランの暗殺の首謀者はわかりそうなの?」
「ああ~、それは、大丈夫ですよ~。今、諜報班が探ってくれているところで~……お陰様で、思わぬ特典がついてきましたから~」
「特典?」
「
ニアニャの約束は、他者に制限をかける場合、代価を設定することで帳尻を合わせ、バランスを取ることで成立する……んだったっけ。
ミツネさんは、確か…………。
「
今度はミツネさんが、《クアートラ王国》側の黒幕を釣る餌になるわけだ。
そういえば私、ニアニャに味方してもらうタイミング、忘れてたな……まあいいか。
然るべき時に支払ってもらおう。こういうのは寝かせておいたほうが価値があがるものだ。
「…………ちなみに、二人の扱いって、どうなるの?」
「ええ~? ミツネちゃんは、クラスメートの髪の毛を、ちょっとひっぱっただけですけど、何か大きな問題でも~?」
「……ああ、そう」
ありがとう腹黒眼鏡。それが聞ければ満足だよ。
「……あと、これは私が自分の固有魔法をちゃんと把握したいから聞くんだけど、なんで私の遡れる時間の上限が一日目の昼……ヘリの上までだったの?」
「ああ、えーとですね~……可能性には、
「分岐点?」
「その時間より上に遡っても、大きな流れを変えられない地点、といいますか~。暗殺が実行されたとして~、ヘリの出発前まで戻ってきたとして~、リーンちゃんには試験を中止にする権限も、説得できる根拠もなかったでしょう~?」
私が何をしたとしても、試験は始まるしヘリは学園を飛び立つ。
仮に私が行方をくらましても、他の九人を止められる訳でもなし。
「……つまり、私が大きな流れを変えられる可能性があったのは、あの瞬間からだった、ってことか」
ゲームの選択肢前でセーブしたようなもの、かな?
じゃあ、色々解決した今、頭を弾いたらどうなるんだろう…………いや、怖い想像はやめよう、そもそもまだ《
「平たく言えば~……もう少し、複雑な仕組みではあるのですけど~、多分、根本的な理解は難しいかと~」
「先生なんだからわかりやすく説明してよ」
「十分噛み砕いてますよ~! もう、この子は昔から~」
「やめてよもう、〝春の家〟はとっくに卒園したんだから」
帽子の中に手を突っ込んで、頭をぐしゃりと撫でてくるハルミ先生を振り払う。
「他になにか、聞きたいことはありますか~?」
「んー…………ああ、そうだ。これが一番。わからないんだけど」
私がそもそも心を折られ、こんな馬鹿げた二日間を繰り返し続けた、最初の理由。
「一回目の二日目で、私以外、皆全滅してたんだけどさ……何で、
一番最初のあの時。
クァトランも、ファラフも、マグナリアも、ミツネさんも、ラミアも、ルーズ姫も、クローネも、ニアニャも、メアも、そして……くーちゃんまでも。
全員、等しく死んでいた。
ついでに言うと、ラミアとルーズ姫は殺し合う理由がなかったはずなのに、何故か相打ちになっていたけれど、それも結局わからなかったな。
「あの二人については、クローネちゃんのせいですよ~」
そして、ハルミ先生は、あたかも見てきたかのように、平然と答えを教えてくれた。
「クローネちゃんの本当の
「………………あの、それって、もしかして」
「はい~、魔法少女だって、当然操ることができますね~」
「…………………………」
あの時点で大分暴走していたクローネは、もう全員、皆殺しにせん勢いだった。
だから、皆殺しにしたのだろう。
「そもそも~、クローネちゃんの暴走の原因は~、クァトランちゃんが死んでいたことで~、自分も一緒に死ぬ事が確定したと誤解していたことですから~」
……クローネとニアニャが、クァトランと交わした約束。
クァトランが二人以外の手にかかって死んだ時、安全装置として、クローネとニアニャもまた、巻き添えになる。
「そして、この中にいる誰かがクァトランちゃんを殺したに違いないのだから、仇を打ってやろうとしたのでしょう~」
実際は、メアがかばってくれたおかげで、そして私があまりに貧弱すぎたおかげで、生き残ってしまったわけだけど。
「そしてクローネちゃんとニアニャちゃんだけが残って、そこで我に返って気づいたんでしょう~。
クローネはクァトランが好きだった。殺すのではなくて遊びたかった。
けれど、皆殺しの果てに、
尤も、そのニアニャ自身すら、悪魔の裏工作があったことに気づいていなかったはずなのだけど。
怒りのままに仲間を殺し、それが全て過ちで、命を失うはずだった自暴自棄すら、勘違いだった魔法少女は――――。
「…………
「恐らくは~。そして、残されたニアニャちゃんは、どうでしょう~?」
ニアニャ視点からすれば、全く訳もわからぬまま、友人までもを失って。
それから遅れて気づいただろう、やっぱり、自分も死んでいないことに。
それなら、
計画は成功し、クァトランは死んだ。
君は自由だ。もう君を束縛するものはない。
仲間は全員死んだけれど、君は生きているから、自由に生きていけばいい。
知らぬ間に与えられた、望まぬ自由の代償として、ニアニャは自由以外の全てを失った。
なら…………。
「…………ニアニャは、クローネの後を追ったの?」
「ええ~。《悪魔》は本来、こちらの世界に存在できません~。だからニアニャちゃんという《
そのニアニャが死んだことで、猫の器が砕け散り、中身である
「…………ていうかさあ、この暗殺計画、ガバガバ過ぎない?」
結果的に成功しちゃってたからあれだけど、ファラフに嘘をつかせたりする必要までは多分なかったし、ラミアとルーズ姫に殺されることは間違いなく想定外だったはずだし……ミツネさんの手先が少し狂うだけでも、大きく結果は違っていただろう。
そもそもクァトランが気まぐれで夜のシャワーを浴びて、自分で髪の毛を整え直すだけで、簡単に破綻してしまう。
「それは、そうですよ~。《悪魔》の価値観や倫理観は~、私達とは、根本的に違いますから~。少しはお話、できたんでしょう~?」
「……うん、まあ」
「彼らには、感情がないんです。理解云々以前に、感情、っていう概念そのものが~」
「感情が……ない」
「この駒はこう動くから、この駒を置いておこう。この駒はこうするのが一番だから、この駒を置いておけばいい…………その過程で生じる、心の痛みも、悲しみも、嘆きも、叫びも、彼らは認識することすら、できません。だからこそ、《悪魔》なんですよ~」
……まあ、結果的に言うと、そのシステマチックな目論見は成功してしまった。
同時に、ほころびも山のようにあったから、私はその隙間を縫って、右往左往、奔走していたわけだけど。
「安心してください、リーンちゃん。間違いなく、今この可能性が、あなたが選べた最良ですよ」
やめてと言っているのに、ハルミ先生は、ぽんぽんと私の頭を、帽子越しに軽く撫でて。
「先生の、自慢の娘ですね~」
「…………だから、それもやめてって」
また授業中にお母さんとか呼んで笑われたくないんだってば。
「……色々納得したから、もう行くよ。私」
「あら、泊まっていかないんですか~?」
「今の私は外泊の権利が剥奪されていて……」
抱き枕になるということは、毎晩ベッドに戻らなければならないということなのだ。
それに……。
「友達に、呼ばれてるから」
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