☆『九回目』『二日目』『朝』☆ その2

 クァトランが死んでいる。


『なぜだ?』


 ……ように、見えたはずだ。

 悪魔くーちゃんは《魔力エーテル》で物を見る。

 だからクァトランが《魔力エーテル》を暴走させた事実も観測していたはずだし、その後、私の《魔力エーテル》で部屋全体を包む事で……部屋の中に生物の痕跡が、なくなったようにも。


『なぜ君が生きている?』


 

 私だって、一つぐらいはついておかないと。


「お、お嬢―…………!」


 ふらふらと、クローネが立ち上がって


「なんだよぉー、生きてるじゃんかよぉー、びっくりさせんなよぉー……」


 クァトランの背中に抱きついて、演技も忘れて、ばんばんとマペットを叩きつける。


「何よそのツラ。私が死ぬわけねーでしょ」

「だって腕しか残ってなかったじゃんかー!」

「引きちぎって置いといたのよ、私が無事だったらそもそも悪魔(あれ)がでてこねーじゃない」


 …………うん、事情を全部説明して、『ごめんクァトラン、騙し討ちしたいから片腕もらっていい?』って聞いた私が全部悪いんです。


『……仕方がないか。よく考えれば、大きな問題ではないのかも知れないね。君は普段と違って、とても大きく消耗している。《魔力エーテル》が、ほとんど残っていないんじゃないか? さっきの《防壁》も、強度は十分だけれど、いつもの厚さがなかったね』


 悪魔くーちゃんの観測は正しい。自身の《魔力エーテル》を暴走させた今のクァトランの体内には、絶好調の時の百分の一、あるいは千分の一か、それぐらいしか残ってないはずだ。


 けれど――――はっ、と悪魔くーちゃんの疑問を鼻で笑い飛ばし、クァトランは残り僅かな《魔力エーテル》を収束させて、解き放った。


「《堕獄天ゲヘナ》」

 悪魔くーちゃんの顔の横に、先程の『黒い太陽』よりも大きな、回転する黒球が浮かび上がる。


『む――――――』


 とっさに、その巨躯で跳躍した悪魔くーちゃんは、そのまま腕を振り上げて――――。


「余所見なんて余裕あるじゃない」


 ――――いつの間にか、クァトランは悪魔くーちゃんの頭上にいた。

 どうやってそこに移動したのか、私の目では知覚できなかった。

 いや、多分、この場の誰でも、そうだったに違いない。


「それよりアンタ」


 が、とクァトランのヒールが、悪魔くーちゃんの後頭部、ちょうど、ニアニャが封じられた辺りを、蹴り抜いた。


「ちょっと」


 一度、二度、三度、四度。


「頭の位置が」


 踏み込むたびに、サイズ差などないかのように、悪魔くーちゃんの身体が大きく跳ねて、歪み、沈んでいく。


「高いんじゃないの?」


 五度目の踏み込みは、勢いをつけて。







「に、逃げろ!」


 ラミアが叫び、皆がそれに従った。

 悪魔くーちゃんの頭が、蹴りの勢いのままに、隕石のごとく落下して、土砂を巻き上げ、島に大きなクレーターを作り出す。


『ぐ――――――――』


 私達が束になっても敵わなかった、ただただ蹂躙されるだけだったあの悪魔くーちゃんを、一方的に叩き潰し、ねじ伏せる。


 何故、クァトランは悪魔くーちゃんを圧倒できるのか。

 何故、クァトランは角を解かれたくなかったのか。

 何故、クァトランは最強の魔法少女なのか。

 宙に浮かんで魔法を振るうその頭には、四本の角が聳えている。

 あらゆる悪魔を上回り、あらゆる悪魔を封じ込め、あらゆる悪魔を貪って、己がモノとして扱い振るう、暴君たるクァトランの固有魔法オリジン


 即ち――《悪魔を支配クァトランする魔法・マジック》。


 魔法少女の力の根幹である、悪魔そのものを自分の力にするのだ。

 そんなの、無敵で、最強に決まってる。


 頭をめり込ませながら、悪魔くーちゃんは両手のひらを広げ、両側からクァトランを叩き潰そうとして――――。


「《煉獄層プルガトリオ》」


 その巨腕の肘から先が、黒炎に焼かれて蒸発した。


『この――――――』


 悪魔くーちゃんの腹部から、幾本もの触手が伸びて、クァトランを貫こうと迫る。


「《冥獄絶ドゥアト》」


 クァトランが展開した《防壁》に触れた瞬間、それらは塵になって消えた。

 どころか、《防壁》そのものを押し付けると、まるで鉛筆に消しゴムにかけたかように、悪魔くーちゃんの身体が削り取られていく。


『なぜ――――』


 新たに肩の辺りに形成された、大きな口のような器官から、黒球が飛び出した。

 密度も勢いも速度も、最初のものとは比べ物にならない。


「《暴獄孔マレボルジェ》」


 そんな破壊の塊を、クァトランは平手打ちで弾き返した。

 しかも、自身の《魔力エーテル》を上乗せして、威力を倍加させて。


『どこから、そんな《魔力エーテル》を――――――』


 そこまで告げてから、悪魔くーちゃんはようやく、眼下を見た。

 眼下で、戦いを見ているだけの、魔法少女達を。

 その中にいる、もっとも弱く、もっとも力のない、語辺リーンわたしを。

 目が合ったので、せっかくだから、ひらひらと手を振っておく。


「私は最弱の魔法少女だから、逆立ちしたって、悪魔になんか敵わない」


 そもそも、今だって死にそうなぐらい苦しいのだ、戦闘なんて、御免被る。



「私にできることは、



『――――――――――』

「だから余所見すんな、っつー …………のっ」


 動きを止めた悪魔くーちゃんの首筋に、クァトランの《魔弾》が突き刺さった。

 高粘度のゼリーを引きちぎったような、ぶつっという音がして、ニアニャを飲み込んだ頭部が、べちゃりと地面に落下する。


『お――――――――』

「ニアニャの側にずっといて、アタシの側にずっといて、まだ理解が足りてないみたいだから、心の広ーい私が、親切心で教えてあげる」


 クァトランの指先に、再度、黒い《魔力光エーテルライト》が収束した。


「《裁獄罪ジュデッカ》」


 それは薄く薄く引き伸ばされた、巨大な刃となって、残された悪魔くーちゃんであった部位を、更に細かく切り刻み。


「アタシの友達モノに手ぇ出して、タダですむわけねーでしょうが」


 刻まれた部位にクァトランの《魔力エーテル》が侵食して、塵芥へと変えていく。

 残っているのはもう、ニアニャを包んでいる頭部だけで、それすらも、ほとんど残っていない。



 ……それは、私からすれば、とてもとても長かった戦いの、完全な決着だった。



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