☆『九回目』『一日目』『夜』☆ その2
食堂の扉をゆっくりと締めて、エントランスの階段前には。
「ぞる」
何食わぬ顔で、当然のように、
「くーちゃん、おやすみ」
「ぞる?」
一度部屋に戻って扉を閉じて、まだメア達は帰ってきてないみたいだ。
「……忍法透明隠れの術」
そして、透明な《
ゆっくり慎重に、くーちゃんの横を通り抜けて、階段を上がっていく。
「…………」
一度有効なのは確認していたけれど、緊張するものは緊張する。
…………くーちゃんは私に気づかなかった。
クローネがさらっと教えてくれなかったら、こんなやり方、思いつくことも無かっただろうな。
「さて」
私の考えが正しければ。
「これは、行けるはず……」
ここに辿り着いた時点で、まだ立っていられる事が、仮説の証明ではあるのだけれど。
私はク
淡く淡く、《
「……………ふう」
上手く行った。いや、やってることは完全に変態の所業なのだけど、許してほしい。
『リンリンは、
それが、私とニアニャが交わした約束。
クァトランが眠っている部屋には、私はどうあがいても立ち入れない。これは検証済み。
言い換えるなら、
…………クァトランが部屋に入ってきて眠り始めた瞬間、脳が焼かれる可能性もゼロではないけれど、それはもう賭けってことで。
後は、その時が訪れるのを、ただ待つだけだ。
それから一時間ぐらい経っただろうか。
部屋の扉が開く音がして、クァトランが戻ってきた。
「あーーーーー! 悔しい! くそっ! クローネの奴! 従者のくせに!」
いきなりベッドに飛び乗ると、枕を掴んでぼむぼむ叩く音がする、おいおいおい。
「はぁ……くそ、次は負けねーわ…………次? 次ってあるのかしら」
……あ、ちょっとまずい、別にクァトランの独り言を盗み聞きするつもりはなかった。
……夢を覗き見といて今更か。幸い、それ以上余計なことを口走らず、クァトランはベッドにぼさっと倒れ込んだ。
「……………………寝よ。明日もカタリベの面倒を見てやらないといけないし」
ボウッ、と黒い《
実のところ、身体の清潔性を保つだけなら、風呂に入るより自分の《
《
部屋の明かりが消えて、更に数分経過すると、やがて寝息が聞こえてくた。
…………ああ、よかった。生きてる、あのぐらりとした酩酊感がない。
一度部屋を出たらもう入り直すことはできないけれど、とりあえず第一関門クリア。
「んん…………」
寝苦しそうな声と、きしきしと寝返りを打つ音。
「………………ねえさま…………」
…………私は知っている。
クァトランがどんな夢を見ているか。
確かにメアの言う通り、酷いプライバシーの侵害だ。
悪夢を見て、寝返りを打つ。その度に、緩んだ髪の毛が解けていく。
改めて考えると、この暗殺計画としては、驚くほど雑だ。
ミツネさんがいくら器用と言っても、バレずにちゃんと解けるかはわからない。
クァトランが寝る前に髪の毛を結び直しても駄目だし、こうして寝返りを打たなければ、髪の毛は形を保ったままかも知れないじゃないか。
言い換えるなら――――。
寝る前はシャワーではなく《
夜は悪夢にうなされて寝返りを打つことを知っていて。
つまり、クァトランという人物の日常の過ごし方を、毎日の習慣を、生活の全てを把握している――
「………………あっ、がっ」
「!」
そんなことを考えている内に、ついにその時がやってきた。
ベッドの下から飛び出した私の目に入ってきたものは、ツインテールを形成していた片角が解け、額の《
「がっ、あああああっ、あああああああああ!」
苦悶の声も、分厚い《《
溢れた《
「…………これは賭けだ」
保証がない、確証もない。推測で行う、命がけのギャンブル。
失敗したら戻ってこれない事を、重々承知で――――私は。
クァトランの身体から溢れる《
「――――――――――――――っ」
私の透明な《
身体の中に入れるだけで、拒絶反応が起こるのを感じる。
それでも、私の《
巨大なダムにペットポトルで水を注ぐようなもの――それが私の、《
言い換えるなら、たとえこの身体にとって汚水だろうと。
最強の魔法少女が暴走させた《
「ああああああああああああああああああああああああああっ!」
問題は、汚水を溜め込み続ければ、ダムの方が保たないということなのだけれど。
苦しい、痛い、頭が割れる、《
頭が壊れて、砕けて、
意識と命の消滅。完全なる絶命。その境目を一瞬だけ越えた時。
「っ――――――――」
私の《
……
ずっと考えていた、時間逆行に必要なリソースの正体。
私の《
身体が死亡したその瞬間、周囲の環境
だから、これは賭けなのだ。
暴走するクァトランの《
死んだら勿論そこで終わり。生きていられる安全圏でも駄目。
だけど強引な《
「あああああああああああああああああああ!」
《
視界がチカチカと明滅し、瞳の中が赤く染まっていく感覚。
熱いんだか寒いんだかもわからない、上下左右が判別できない。
「だ――――――め、か――――――――」
ついに私の《
けれど、ただでさえ
(死――――――――)
死ぬ。終わる。消える。潰える。
ぐらりと身体が揺れて…………ああ、これでも、駄目なのか……倒れる、寸前で。
腕を、はし、と掴まれた。
びん、と身体が引っ張られて、それでも視界が回って、状況把握がおぼつかない。
だけど確かに私は。
「…………何、してんの、アンタ」
血反吐を吐きながら、手を伸ばす、クァトランの姿が、そこにあった。
「…………悪い夢を見た誰かさんを、助けに……?」
格好いい台詞を考えていたんだけど、どうにもウケなかったらしい。
消耗しきった声と身体で、クァトランは呆れたように。
「……本当に、大馬鹿ね、カタリベ」
そう言った。
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