☆『一回目』『一日目』『朝』☆ その1
「……おはよう、世界」
忘れたくても忘れられないことを過去といい、思い出したくもないことを強制的に思い出すことを悪夢という。つまり今の私は寝覚めと機嫌が悪い。
枕元で充電していた、目覚まし代わりのスマホを見ると、ちょうど五時を回った頃だった。カーテンの向こうはまだ暗いが、もう少しすると日が昇ってくる時間帯。
部屋に備え付けられた暖房がフル回転しているから寒気はないけれど、その分空気が乾燥していて、喉が少しチクチクした。
普段より一時間早い起床時刻だけど、二度寝するには夢見が悪すぎる。
いや、
万が一寝過ごして遅刻などしようものなら、先生に何をされるかわかったものじゃないし……。
「…………」
なるべく音を立てないように、隣のベッドに視線を向けると、布団を幾重にも巻き込んでミノムシ状態になったルームメイトが、
「むにゃあすやすや」
嘘でしょ、と言いたくなるぐらいの寝言をこぼした。起きる気配はなさそうだ。
「………………はあ」
まだ頭がぼんやりしてるし、軽くシャワーでも浴びて目を覚まそう。
脱衣所で寝巻きを脱いで洗濯かごに突っ込んで、そのままバスルームへ。
目を閉じて、頭から熱めのお湯を浴びることで、ふわふわしていた意識が、徐々に明瞭になっていく。
「……ぁー……」
一面は鏡になっているバスルームの壁を、ちらりと横目で見た。
私は生まれも育ちも生粋の日本人だが、そこに映る姿は、いわゆる黄色人種とはかけ離れた外見をしている。
まず、髪の毛が白い。いや、白というのは正確じゃなくて、実際は透明な糸を束ねた結果、白く見えている。柔らかくて細いグラスファイバーみたいな感じ。
光を乱反射させる性質があるらしく、太陽の下に出れば、キラキラと七色に光るので、異様に目立つ。
瞳の色も違う。右がグリーンで、左がパープルだ。少し薄めのパステルカラーで、カラーコンタクトでは絶対に出せない自然な光彩が、逆に作り物を思わせる。
そんな瞳を有していながら、自分で言うのも本当に何だけど、小さい鼻に長いまつ毛、美少女が過ぎる愛らしい顔立ち。ハリもツヤも十分な真っ白な肌。
身体の持ち主が私じゃなければ、笑顔だけでそこいらの男子を片っ端から初恋泥棒できそうだ、この学園は女子しか居ないけど。
そして右手の甲には、つるつるとした触感の、細長い楕円形の石が、半分めり込むように埋まっている――これが、私を魔法少女足らしめる《秘輝石(スフィア)》であり、あらゆる魔法の源泉となる。
生まれ持った容姿とは異なるにもかかわらず、この姿に違和感を感じないのは、《
ただ、いただけないのは
鏡の向こうに映る自分の胸を、軽く持ち上げる。
触れれば柔らかく、押し込めば沈み込み、離せば弾き返す、手の中に収まる丁度いいサイズ……といえば聞こえはいいが、どれだけ高評価を下そうとしても、サイズとしては中の下がいいところだろう。
「…………一ミリも大きくなってない……」
【
いや、魔法少女の外見は、元々そんなに大きく変化しないのだけど、それを覆す裏技というから小遣いをはたいたのに……。
「よし……殺すか」
結論も出たし、目も覚めた。
ざっと身体を拭いてから、バスタオルだけ巻いて部屋に戻る。
隣のベッドではまだミノムシがぐるぐる巻きになっている、どうせ音を立てても起きないだろうし、テレビつけちゃえ。
『――昨晩、神奈川県相模原市に出現した魔物を、魔法少女プレシャス・プリンセスが一刀両断! 視聴者から提供された映像がこちらです!』
ちょうど早朝のニュースにぶつかったらしく、画面には、真っ黒な毛並みの巨大なイノシシ――識別名『ジャイアント・ボア』が、《魔界》との境界から一直線に、人口密集地に向かって突っ込んでいく所が映し出されていた。
遠くから撮影されたスマホの映像っぽいので画質が悪いが、周りの建物と比較すると多分6mはあるんじゃないだろうか……魔物のサイズは種族や個体によって様々だけど、こいつはかなり大きい方だ、私が抑え込めと言われたら裸足で逃げる。
けれど、逃げずに立ち向かい、これに打ち勝てる者こそ、世間では
赤と黄色――イノシシに比べれば、あまりにも小さい二色の光点が、迫りくる巨躯に向かって飛んでいく。飛行能力を持つ魔法少女達だ。
その光点から、無数の光の紐が伸びて交差し、魔物の進行方向に、あっという間に《網》を作り上げた。無論、それで方向転換するわけもなく、そんなモン突き破ってやると言わんばかりに、イノシシの速度が増した。
果たして、《網》は破れない。伸びすぎたゴムのように《網》が引き伸ばされたものの、決してちぎれはしなかった。
『ありがとう、ラヴィー! シルキー!』
スマホのマイクが、その声を拾った。《網》に牙が引っかかって拘束されたイノシシの前に、一人の少女が立っている。
それこそ、点みたいな後ろ姿しか見えないけれど、それでも特徴的なピンクゴールドの髪と、大きく広がったマントだけで、世界中の誰もが一目で〝彼女だ〟と理解できてしまう。
髪の毛と同じ、ピンクゴールド色の《魔力光(エーテルライト)》が柱となって天に伸び、夜の空を塗り替えていく。
『光れ! 《
光の柱はそのまま細く細く束ねられて、最終的に少女が持つ剣に収束し、
『てえええええええええええええいっ!』
振り抜かれた。ブゴォオオ、と断末魔を挙げながら一刀両断され、イノシシの身体が左右に分かれて、光に飲まれていく――――。
撮影者のきゃあきゃあというにぎやかな声が混ざりながら映像が終わり、画面は再びスタジオへと戻る。
『さすがプレシャス・プリンセスですね、今回相模原市に出現した魔物は警戒レベルBクラスだという報告が魔法省からあがっているのですが……』
『いえ、ですがそもそも魔物が現れないようにするような対策を……』
お偉い政治家さん達が百万回議論しても答えが出ないような議論を、コメンテーターとアナウンサーが始めたので、そこで私は電源を切った。
「さすがプレシャス・プリンセス」
世界でいちばん有名な魔法少女、プレシャス・プリンセス。
あれぐらいの魔法少女になれる、とは思わないけど。
あの日、手を差し伸べてくれた彼女の様に、誰かを助けたい、とは思う。
……『あっち』と『こっち』の国交が始まったのが、今から四十年前の2020年。
世界の境界を越えて、《魔王》と呼ばれる存在が、突如地球に出現した。
人的被害も百万人単位で出て、自衛隊が戦車を持ち出してもなんともならないそいつらを、『あっち』からやってきた
私の世代からすると、『魔法少女』は生まれた時から世界にあったけど、親世代からすると大きな変革だったらしい。
以上、大雑把な世界観のあらすじ。
私の名前は
その七つの教育機関の一つ、国立クロムローム魔法学園に通う、中等部の三年生だ。
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