第6章⑧

 パチモンではなくてちゃんとした本物のモブ構成員であるストーンズが、パチモンのストーンズを次々と叩きのめしていく。流石ドクター、生みの親だけあって、やっぱりストーンズの扱いが圧倒的にお上手だ。

 威勢がよかったイミテーションズの数は見る見るうちに減っていって、キャストさんを含めた一般ピーポー達のほとんどは無事に逃げることができたらしい。

 突然がらんとしてしまった遊園地に、完全にタイミングを逃して立ち竦んでいると、背後から「柳さん!」と声をかけられた。朱堂さんの声だ。

「まだこんなところにいたのか、逃げろと言ったのに……! いや、でも、よかった……無事でいてくれて、ありがとう」

 駆け寄ってくるのは既に変身済みの朱堂さん達、つまりはジャスティスオーダーズである。

 レッドを筆頭にして、ピンクちゃんやブルーやイエローも口々に「まだ危ないから逃げなさいよ」とか「転ばないようにするんですよ」とか「また埋め合わせに出かけような」とか気遣いの言葉をくれる。

 そうして彼らは、ようやく、こちらをモニュメントの上から見下ろしているカオジュラの三人に気付いたらしい。

 

「マスター・ディアマン……! それにドクター、アキンドまで⁉」

「……やあ、ごきげんよう、ジャスティスオーダーズ。今日は僕らの尻ぬぐいをさせてすままないね」

「尻ぬぐいだと⁉ じゃあやっぱりこいつらはイミテーションズなんだな⁉」

「ご名答。今回、僕らはこのコズミックギフトランドには大規模実験のためにやってきただけなのだけれど……ふふ、助かったよ。イミテーションズの余計な邪魔のせいで無駄になるところだったところが、君達の働きのおかげで、実験は成功しそうだ。彼らを片付けてくれて感謝するよ」

 

 ハーフマスクの向こうで、マスター・ディアマンは綺麗に笑った。なんともまあ優美でやわらかい笑みだと言うのに、言っていることはお世辞でも友好的とは言いがたい。ジャスオダをパシリ扱いしているのが透けて見えている。

 レッドはともかく、他の三人のジャスオダメンツはそれを敏感に感じ取ったらしく「あんた達のためじゃないわよ!」「僕らは人々のために悪を許せないだけです!」「調子乗んなばーか!」とヤジを飛ばしている。さんざんパチモン達を相手取ったはずなのに元気だな三人とも。

 そう、とにもかくにもジャスオダとカオジュラの働きで、この辺一帯のイミテーションズはほとんどが地に付していた。

 イミテーションズ、ようは頭のおかしいコスプレ集団だもんな。カオスエナジーとかコスモスエナジーとかドーピングしてる本家本元達に敵うわけがない。

 そうこうしているうちに、この場に残されたのは、私、ジャスオダ四人、カオジュラ三人、それからおまけの地面の上のイミテーションズ不特定多数だけになっていた。

 このコズミックギフトランドのシンボルであるモニュメントを、ちょうど正面から見上げられるように設置された大きな橋の上に、私達は一同に会していた。

 とりあえず私も遅ればせながらにして逃げていいかな。一応私だって今は一般ピーポーだし、と、マスター・ディアマンの姿を見ないようにしながら、じり、と後退りした、その時だ。

 

「くそ、くそおおおおおっ! 馬鹿にしやがって!」

 

 イミテーションズの中でもおそらくトップの立場にあったらしいド派手な幹部もどきが、いきなり怒鳴り散らし始めた。あっまだ意識あったんですか。

 ぶんぶんと両手を振り回し、なりふり構わない様子の男を前にしても動じないジャスオダもカオジュラも本当にいい根性をしていると思う。けれどそうやって誰もが平然としていられたのは、幹部もどきの次の発言までだった。

 

「本当はここまでするつもりはなかったんだけどなぁ! もう知らねえ! みーんな吹っ飛んじまえ!」

 

 幹部もどきが、懐から取り出した何かのボタンをポチッと押した。その瞬間、あちこちで爆発音が響き渡る。

 流石にぎょっとするこちらを、完全にイッちゃった目で見まわした幹部もどきは、自慢げに胸を張った。

 

「へへっ、爆弾だよ、爆弾! あちこちに仕掛けさせてもらったんだ。コズミックギフトランドなんてリア充どもの掃きだめなんざ、ぜーんぶ壊れちまえばいいんだ!」

 

 ……言っていることはものすごくチンケだが、やらかしてくれていることはとんでもなく大掛かりな大事である。

 いくらほとんどの一般ピーポーが避難済みだからって、ここまでするか? どんだけ破れかぶれなの。爆発の危険よりも、幹部もどきの危なすぎる短絡的思考の方がよっぽど怖いわ。

 そう思ったのは私だけではないらしく、ドクターが「低能よりも下の底辺ってなんて言うんだっけ」と呟き、アキンドが「一応それなりに金がかかってる施設なんですがねぃ」と溜息を吐き、ジャスオダ達は「逃げ遅れた人たちはいないか⁉」とすぐに対応に当たり始めた。

 こういうところで悪の組織と正義の味方の行動は分かれるんだなぁと勉強になりました。

 いや、っていうか私も本当に逃げなくちゃまずくない?

 カオスエナジーで強化されたカオジュラモードのマスター・ディアマン達や、コスモスエナジーを服用してパワースーツに身を包んだジャスオダメンツとは違って、私は完全に無防備である。やばい。爆発に巻き込まれたら普通に死ぬ。ここはもう挨拶している暇なんてない。さっさととんずらしなくては……と、まだこの大きな橋をこそこそと渡ろうとした私の耳に、幼い泣き声が聞こえてきた。

 

「ぱぱぁ、ままぁ、どこぉ……っ⁉」

 

 なんと五歳くらいの幼女が、泣きじゃくりながらよちよちとこちらへと向かってきているのである。どうやらこの混乱で両親とはぐれてしまったらしい。

 不意打ちの存在の出現にカオジュラもジャスオダも凍り付く中、イミテーションズの幹部もどきが、卑劣な笑みを浮かべた。

 

「ははっ! ちょうどいい見せしめだ! どうせもうおれ達は終わりなんだ、全員巻き込んでやる‼ ほら、ぽちっとな‼」

 

 正気をどこかへぶっ飛ばした幹部もどきが、その言葉の通りに新たなボタンを押した。いや『ぽちっとな』、じゃ、ない‼ 次の瞬間、幼女の背後で大きな爆発が上がって、その幼い身体が宙に浮く――――なんて、黙って見てるわけないでしょうが‼ アホか‼

 ボサッとしているジャスオダとカオジュラを差し置いて地面を蹴った私は、幼女の元まで駆け寄ると、彼女を庇うように抱き締める。

 ドンッ‼ と背後でまた爆発が起きて、背中に熱風が吹きつけられる。

 あ、これ火傷になってるかも。でもそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「ごめんね、ちょっと我慢してね。ジャスティスオーダーズ! お願いします!」

 

 橋が、倒壊していく。足元がどんどんぐらついていって、まともに歩けなくなっていく。それでもギリギリのところで、ほとんど投げるような勢いで、腕の中の幼女をジャスオダへと押し付けた。

 そしてまた爆発。

 橋は完全に断裂して、私一人がいまだ爆発が重なる対岸に残され、出口に近い方の対岸に、ジャスオダとカオジュラ、イミテーションズが集まっているという構図が完成した。

 ……自分で招いた結果であるとはいえ、大概私も馬鹿だなこれ。どうすんのこれ。

 対岸に渡ろうにも、軽くジャンプして届く距離とかではまったくない。たとえジャスオダやカオジュラの強化された運動神経をもってしても無理な距離だ。

 ああ、背後で爆発音がさらに続く。これ、一つや二つの爆弾ではもともとなかったのだろうし、その一つや二つでない爆弾がこれまたさらに別のものに燃え移って次なる爆発を呼んでいると見た。

 

 結論。詰んだ。

 だめだこれ、私どうしようもないやつだわ。


「柳さん……!」

「だ、いじょうぶです! 早く行ってください!」

「行ってくれって、そんな真似ができるわけがないだろう!」

 

 レッドが今にもこっちに飛び移ってきそうな勢いで身を乗り出していて、ピンクちゃん達に羽交い絞めにされている。

 ピンクちゃん達がまともな判断力があって本当によかった。でもピンクちゃん達も、私のことを明らかに焦った様子で見つめている。そりゃそうだよな、でも私よりもイエローが抱えている前途有望な幼女の安全の方が大切だろう。

 

「ははっ! ははははははっ! 正義の味方も悪の組織もざまあねえな! 女一人助けられないんだもんなぁ……ガッ⁉」

 

 げらげらと腹を抱えて笑い始めた幹部もどきの脳天に、いつの間にかモニュメントからドクターとアキンドを引き連れて降りてきていたマスター・ディアマンの踵落としが決まった。

 わぁ、長いおみ足ですこと……と感心しているそばからまた爆発音。そろそろ本気でやばい。柳みどり子、短くもろくでもない人生であった。完。

 とか考えていられるだけまだ余裕があると言うことなのか。いやむしろこれ現実逃避だな。

 なんかどんどん爆発の威力は増しているし、このままじゃ対岸のジャスオダやカオジュラメンツ、それから何よりいとけない幼女まで巻き込まれてしまうであろうことは容易に想像がついた。

 だから、私のことなんて、もういいのに。そう、思ったのに。



「――――みどり子ちゃん」


 

 その、呼び名に。やわらかくも甘やかな、その、声に。

 度重なる爆発音の中でも確と聞こえてきた響きに思考が停止する。

 マスター・ディアマン、あるいはしろくんと呼ぶべき人は、私を、私だけを見つめながら、崩壊した橋のギリギリのところに立って、その口元に浮かべた笑みを深めた。



 

「好きだよ」

「え」



 

 その、瞬間。

 ずっとずっと、会社をクビになっても返すことができなかった、手放すことができなかった、Tシャツの下に隠していたペンダントの、大粒のエメラルドがカッと輝いた。

 あまりのまばゆさに目を閉じずにはいられない。それでも数拍ののちにやっと目を開けた私は、そのまま呆然と、その場に立ち尽くす羽目になる。

 

「ジャスティスオーダーズ。みどり子ちゃんを頼んだよ」

 

 爆発音はどんどん大きくなる。

 私が立っていたはずの火の海になりつつある対岸にマスター・ディアマンが立っていて、マスター・ディアマンが立っていたはずのまだ比較的安全な対岸に、私が立っている。

 そう、私とマスター・ディアマンの立ち位置が、そっくりそのまま入れ替わっていた。

 

「な、なんで……」

「っボクが作った、空間転移装置のチェンジモデルの一つ! 自身と対象の座標の入れ替えをするだけのお遊びみたいなアイテムなのに、それをこんなところで……っ!」

 

 何一つ状況が解らないまま声を震わせる私に、ドクター・ベルンシュタインがご丁寧にも説明してくれる。

 ああなるほど、だから私とマスター・ディアマンが入れ替わったというわけだ。なるほどなるほどそれはありがたい……なんて思えるはずもない。

 だって向こう岸ではどんどん火の勢いが強くなっていっているし、爆発だって留まる勢いを知らないようだ。いくらマスター・ディアマンがカオスエナジーで強化されていたとしても、あれじゃ、このままじゃ、助かる可能性なんて万に一つもないじゃない!

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