第6章⑥
そしてやって来たるは決戦の日、ではなく日曜日。
見事に晴れ渡った空の下、私はごくりと息を呑んだ。
桜ヶ丘さん達との待ち合わせ場所は、コズミックギフトランドにほど近い駅の、噴水前である。コズミックギフトランドの開園に合わせて造られた噴水は大きく立派で、季節の花々の花壇で飾られている。
しかし、「わあ綺麗」なんてのんきに花場に癒されるような心の余裕はない。何せこれから一緒に出かけるのはジャスオダメンツ。「桜ヶ丘さんみたいな美女とデート……♡」なんて浮かれていられたのは一昨日の昼までで、昨夜は「桜ヶ丘さんみたいな美女とデート……私程度の女があのおひめさまとデート……⁉」と頭を抱えた。いやデートというのは桜ヶ丘さんの方便で、実際はさらに三人イケメンがついてくるという現実にも頭と胃が痛くなった。
何を着ていこうだとか、何かやらかさないだろうかとか、もう心配事しか思い浮かばなくて眠れなかった。
どうしよう、誰かと遊びに出かけるなんて初めてだ。しろくんは小さい頃から何かと忙しくて、その立場上わざわざ私と出かけるなんて真似できなかったし、今まで友達と呼べるような相手なんてできたためしがない私は、本当にこれが初めての誰かとのおでかけだ。
この服装、変じゃないかな。ネットで遊園地デートで検索かけて悩みに悩んだ挙句、結局、手持ちのTシャツにスキニーデニム、歩きやすいフラットパンプスに落ち着いた。
うーん、今更だけど、やっぱりこれ、ダサい気がしてきた……。これくらいが無難だろうと思ったのだけれど、やっぱり新しい服を買うべきだっただろうか。でもいくら不意打ちの貯金がたんまりとは言え、これから何があるか解らない身の上で無駄遣いは避けたかったし、でもでも、せっかくの初めてのおでかけだったんだから……と、花壇をなんとはなしに見下ろしながら、Tシャツの裾をなんとなくくいくいと引っ張る。
まさか桜ヶ丘さん達と合流する前からこんなにも落ち着かなくなるとは思いもしなか……。
「きみ、一人?」
「え?」
不意にかけられた声に、足元へと落としていた視線を持ち上げる。気付けば同年代の若い青年が三人、笑顔で私のことを取り囲んでいた。
あまり気持ちのよろしくない視線が、私の足のつま先から頭のてっぺんまでを値踏みして、彼らは一様にヤニ下がった顔になる。
「待ち合わせしてんの?」
「あ、は、はい。一応……」
「ははっ、なんだよ一応って」
面白そうに笑い合った三人は、そうしてぐいっと私の手を取り、さらに距離を詰めてくる。ええっと? と首を傾げ返せば、彼らはさも楽しそうに笑みを深めた。
「コズミックギフトランド行くんだろ? 俺達と一緒にどう? 色々奢ったげるよ」
「もちろん待ち合わせしてるオトモダチも一緒にさ、オネーサンの連れならそりゃあかわいいコが……」
「……その『かわいいコ』は、俺達なんだが?」
らしくもない低い声が、好き勝手にしゃべる三人と、私の間に、無理矢理割り込んできた。あれ? と思う間もなく、その低い声の持ち主、もとい朱堂深赤さんが、そのままぐいっと私の手を掴む青年の腕を捻り上げる。
「いてぇ!」と青年が悲鳴を上げて私の手を放し、その友人の残りの二人が「何しやがる!」「邪魔するんじゃねえよ!」といきり立つ。
だがしかし。
「なになに、オレ達の分も奢ってくれんの? ラッキー、よろしく頼むわ」
「みどり子、大丈夫ですか?」
第一のトンデモイケメンである朱堂さんに引き続き、第二、第三のトンデモイケメン……もとい、山吹黄一さんと蒼樹山青威さんが勝負を仕掛けてきた! というテロップがなぜか脳裏できらめいた。
周囲の視線が一斉にこちらに集まり、主に女性陣からの熱視線がすごい。そういえばもう待ち合わせ時間か、と噴水の中心にそびえる大きな時計を見上げる私を、蒼樹山さんがささっと引き寄せてくれて、心配そうに見下ろしてくる。いや別に何もされてませんけども。ただ遊びに誘われただけですけども? と、そんな気持ちを込めて見上げ返すと、なぜか顔を赤らめられて目を逸らされた。えっほんとなんで。
私に声をかけてきた三人の青年は、これまたなぜかいまだに怒りのオーラを放つ朱堂さんを前に、さっと顔色を白くさせて、「じゃ、じゃあ俺達はこれで!」と走り去る。
山吹さんが「つまんねーの。みどり子ちゃんに声かけるくらいならもっと根性見せろよ」と肩を竦めた。なんとなく山吹さんの声にも苛立ちが混ざっているようで、どうかしたのかと彼へと視線を向けると、山吹さんがちょうどこっちを見たタイミングにかち合って、ばちりと目が合う。山吹さんの顔もこれまたなぜか赤らんだものだから、んん? と首を傾げ、そこでさらに私に向けられている視線に気付く。朱堂さんだ。だからなんでそんな皆揃って顔が赤いのか。
トンデモイケメンに三人がかりでじっと見下ろされているこの状況、普通にさっきより怖いし恐ろしいんですけれども。えー、あー、うーん、とりあえず?
「おはようございます」
「おはよう、柳さん!」
「桜ヶ丘さん、おはようございます」
棒立ちになっているイケメンを押しのけて現れたるおひめさま、ではなく桜ヶ丘さんは、私の手をぎゅっと握ってにっこり笑った。
「遅くなってごめんね。今日は楽しみにしてたのよ、私もこいつらも。ふふ、それにしても柳さん、スタイルいいからそういうシンプルな恰好でもすごく素敵になれるのね。うらやましいわ」
「え、あ、そんな……! 桜ヶ丘さんこそ、そのシャツワンピ、とってもお似合いで……」
「ふふ、ありがと。今度一緒に買い物行きましょ」
お、お上手だ……! おしゃれな人はおしゃれに無縁な人間のこともちゃんと上手に褒めてくれるものらしい。
そういえば、桜ヶ丘さん達にちゃんとした私服を見せるのは初めてか。いつもリクルートスーツだったし、唯一桜ヶ丘さんには部屋着のジャージを見せたことがあるくらいだ。
そんな桜ヶ丘さんは、淡いグレイの地にフューシャピンクの細いストライプが利いたシャツワンピース。スポーティだけどふんわりと広がるスカートのシルエットが綺麗で、とてもよく似合っている。いつも下ろしている髪をポニーテールにしているところもポイントが高い。あらわになっているうなじが健康的でまぶしい。
朱堂さん達も、それぞれがそれぞれによくお似合いのファッションで、イケメンは何を着てもイケメンなのだろうけれど、その上で自分に似合う恰好をしているイケメンは無敵なんだなぁと感心してしまう。
朱堂さんはサマーニットにカーゴパンツをさらりと着こなしているのが「は〰〰イケメンはお得ですね‼」と拍手したくなる出で立ちだ。シンプルなのに周りの女性陣の視線がとにかくものすごい。いやそれは蒼樹山さんも山吹さんも似たようなものだし、男性陣の視線は桜ヶ丘さんが独り占めしてるからまあわざわざ取り立てて言うまでもないことかもしれないけれども。
蒼樹山さんは細身の奇麗なパンツに、淡い色のシャツ、その上にやわらかい素材のベスト? それともなんだっけ、ジレ? とかいうやつ、あれを合わせてるのがお上手だなぁ、という感じ。眼鏡も今日の日差しに合わせてか、色付きサングラスになっていることに感心してしまう。すごいなぁ、おしゃれなイケメンはちゃんとそういうアイテムを持っているらしい。
山吹さんはだぼっとしたシルエットのパーカーに、えーっと、あれ、なんて言ったっけ、あー……そうだ、サルエルパンツ? のセットアップ。おしゃれなイケメンにしか許されないファッションである。すごいな、私が着たら絶対に部屋着になっちゃうのに、山吹さんだとただのトンデモオシャレイケメンだ。世の中はつくづく不公平にできている。
そんなそうそうたる面々を前に、改めて安堵の息をこっそり吐き出した。
いやだってそうでしょ、こんな人達を前にしたら、ああよかった、と、桜ヶ丘さんの言葉に安心せざるを得ない。今日のこの服装は間違っていなかったらしい。見るからにおしゃれな桜ヶ丘さんに太鼓判を押してもらえて、やっとホッとする。
それに今日はいつも最低限しかしないメイクを、ちょっとどころではなく頑張ってみたのだ。服は買わなかったけれど、化粧品だけはプチプラのものを買い足したのである。
こんなにも鮮やかな色付きのリップなんて、もしかしたらこれが初めてかもしれな……いや違うわ。レディ・エスメラルダの時、めちゃくちゃ派手なリップしてるわ。変身すると自動的にばっちりメイクされるのは便利だったけど、初めてのメイクの楽しみが悲しみと切なさとやるせなさに塗り替えられる。
何が悲しゅうてあんなアホなセクシー衣装に合わせたメイクを……いやいやいやいや、うん、やめよう。もうあれは過去だ。封印すべき黒歴史だ。
ああああ、いざ退職して客観的になってみると、つくづくアレはない。酷い。いくらコスチュームの奇抜さでより普段の本来の姿から遠ざけようとしたからって、だからってアレ……アレはないでしょ……。
「じゃ、柳さん、ついでにおまけの男ども、行くわよ! 柳さん……柳さん?」
「あっハイ! すみませんぼーっとして!」
「大丈夫? その、あたし、無理に誘っちゃったし、体調とか悪いなら……」
「大丈夫、大丈夫です! そ、その、私、遊園地なんて生まれて初めてで、だからええと、昨日も眠れなくて、だからというかなんというか……!」
桜ヶ丘さんに心配そうに顔を覗き込まれ、慌ててぶんぶんと両手を振る。いけないいけない、もう過去は振り返らないし振り返りたい過去でもないのにまだ引きずってしまっている。おかげで余計なことまで言ってしまった。
朱堂さんを除いた三人が「エッ初めて?」と普通に驚いていらっしゃる。朱堂さんがさっと顔色を変えて気遣わしげに私を見つめてきた。
いや違う、違うんです、同情を引きたいわけじゃなくってただ事実を事実として口にしただけであって……!
「柳さん、じゃあ俺達があなたの『初めて』をもらえるんだな。今日は思う存分楽しんでほしい。……その、せっかく、今日のそのファッションも、魅力的なんだし」
「あ、ハイ、ドウモ……」
ああああ、朱堂さんに気を遣わせてフォローさせてしまった……。割とどころではなく結構な割合で空気が読めないこの人にこんな台詞を……しかもお世辞まで……。穴が合ったら入りたいとはこういう心境のことを言うのだろう。
朱堂さんの言葉に、残りのお三方も頷き合い、桜ヶ丘さんが私の手を取った。
「じゃ、今度こそ行きましょ。それからいい加減、敬語はなしね。あたしのことは桃香って呼んで? ね、みどり子」
「は、はい……」
「じゃなくて?」
「う、ん、桃香……ちゃん」
「よし!」
わ、わ、同年代の女の子のことを名前呼びなんて初めてだ。ああっ桜ヶ丘さん……じゃなくて、桃香ちゃんの笑顔がまぶしい。朱堂さん達が微笑ましそうにうんうんと頷いているのが気恥ずかしい。だけど悪い気なんてするはずもなくて、自分の顔が赤くなるのを感じた。
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