第5章⑧
私のジャスオダ加入について、マスター・ディアマンからゴーサインが出てからわずか数日。本日は日曜日。本来であれば休日であるはずの私は、ジャスティスメイカー総本部のとある階に呼び出しを食らっていた。
なお、現在私が住まうのは、透子さん所有の、びっくりするくらい綺麗で広い新築のアパートだ。
今までワンルームだったのに、なんと1LⅮKオートロックで、ペット可物件なだけあって、万が一ペットが玄関から飛び出しても対策が取れるようにエレベータールームまでしっかりと屋内というありがたさ。しかも家賃はタダ。繰り返そう。タダなのである。
その話を聞かされた時、流石にそれはまずいのでは、と透子さんにはちゃんと伝えたのだけれど、彼女は「これから体張って戦ってもらわなきゃなんないんだからね、安いもんさ」とカラカラと笑った。その笑顔に、「アッこれも外堀だ」と気付いてしまった時の悲しみと言ったらなかった。
そういやアキンド・アメティストゥもとい藤紫野さんが「タダより高いものはない」っていつだったか言ってたな。あれか。あれだな。こういうことなんだな。大変勉強になりました。ありがとうございますとここで私が言うと思うなよ。
ああああ、マスター・ディアマンの命令でもあるとはいえ、マジで今後について不安しかない。みたらしとしらたまが、突然広くなった部屋に大喜びして駆けまわってくれている姿だけが救いである。猫は環境が変わるのが苦手だと聞いていたから、引っ越しについては不安があったけれど、その点だけは本当によかった。みどり子さんはきみ達のために頑張ります。
と、まあそれはさておいて、とにもかくにも本日はカオジュラではなくジャスオダ新メンバーとしての呼び出しだ。めでたくも初の呼び出しである。いや全然めでたくないけども。
一体これから何が、と、やたらめったら広く、そのくせ何もなくてただ不安しか誘われないフロアの片隅で、申し訳程度に置いてある椅子に腰かけていると、唯一の外界との繋がりであるエレベーターが、ポーン! と音を立てて止まる音が聞こえてきた。
そして、そこから出てきたのは。
「……ええと、黒崎さん?」
「ああ、黒崎玄磨だ。先日ぶりだな、柳みどり子くん」
長いサラサラストレートロングをポニーテールにした、謎めいた美貌の剣士……ではなく、二丁拳銃を操るジャスオダ男前担当ジャスティスブラックもとい黒崎玄磨さんだ。
てっきり透子さんがまた来てくれるのかと思っていただけに、意外な人選である。椅子から立ち上がって頭を下げると、黒崎さんは「同僚なんだから楽にしてくれ」と軽く笑った。
同僚という言葉がこんなにも恐ろしく聞こえてくる時もなかなかないだろう。私、カオジュラにも同僚がいるんですよ〰〰だなんて口が裂けても言えない事実である。
冷や汗が伝う半笑いで「ありがとうございます」とごまかしていると、黒崎さんは「さて」と口火を切った。
「明通司令官からの命令で、今日は自分が、柳くんにもっともふさわしい武器を一緒に選ぶことになった」
「いきなりですね⁉」
色々説明をぶっ飛ばしている気がするのは気のせいではない気がする。これはもうあれだ、完全に私、ジャスオダメンバー扱いだ。なんやかんや理由をつけてせめて後方支援に……とか思っていたけれど、おそらくではなく確実に無理だ。どう考えても前線送りだ。
えっ、私、本当にジャスオダとしてカオジュラと戦うの?
その場合、ドクター・ベルンシュタインや、アキンド・アメティストゥが出張ってくるという話になるはずだ。カオスエナジー収集という役割は本来レディ・エスメラルダのものだけれど、そのレディ・エスメラルダはジャスオダ側にいるのでそうなるより他はない。……色々大丈夫なんだろうか。ぜんぜん大丈夫な気がしない。
私が顔を青ざめせたのは、黒崎さんにもばっちり伝わったらしい。彼は「まあそう緊張するな」と軽く笑った。
「自分達ももちろんフォローする。はじめのうちは慣れないだろうが、着の身着のままで戦うわけでもないのだから、滅多なことにはならないだろう。明通司令官からの預かり物だ。受け取ってくれ」
「は、はい……?」
黒崎さんがジャケットの内ポケットから取り出したのは、ド派手な緑色のスマホと、何らかのサプリが入っていると思われる、やっぱりこれまたド派手な緑色の小さなケースだった。一言でいえばどちらも装飾過多だが、下品というわけではなく、まあかっこいいとされる部類に入るものである。
なんか見覚えがある。既視感。デジャヴュ。首を捻りながら受け取ると、黒崎さんは「うむ」と頷いた。
「このスマホで自分達はジャスティスオーダーズに変身する。常に持ち歩くように、との明通司令官からのお達しだ。GPS機能もついているが、プライバシーに配慮して、基本的にその機能はオフになっているから安心するといい」
先ほどスマホに感じた既視感の正体に遅れて気付いた。
このスマホ、朱堂さんが持っていた赤いスマホの色違いだ。黒崎さんのこの発言から察するに、他のジャスオダメンバーも色違いを持っているのだろう。
私、レディ・エスメラルダばかりじゃなくて、ジャスオダにも変身できるようになってしまうのか。つくづくまったくありがたくない二足わらじである。
さらりとGPSとか言われたけれど、普段はオフになっていると言われてもそれ、いざとなったらオンになるってことですよね。その時にうっかりカオジュラ秘密基地に私がいたらどうなるのだろう。考えるだけで恐ろしい。
いやカオジュラ秘密基地は表向きは普通の高層ビルだから、そこが柳みどり子の職場だと言い張ればなんとかなるか。……なるか?
しげしげとスマホを見下ろす私に、「もう一つは」と、黒崎さんはサプリケースをトン、と指先で叩いた。
「そしてこちらのサプリは、コスモスエナジーだ」
「コスモスエナジー?」
聞き覚えのない単語である。カオスエナジーの親戚かな。でもジャスオダにはカオティックジュエラーの目的がカオスエナジーの収集にある、とは、秘匿されているので、ここでうっかり発言はしないようにしなくては。
黒崎さんを改めて見上げると、彼は懐から、自分用のものと思われるサプリケースを取り出した。からから、と中身が軽く音を立てる。
「ああ、秘密裏に国が集めている、新時代に向けた新たなエネルギーだ。このサプリを飲むことで、自分達はカオティックジュエラーに対抗しうる身体能力を手に入れることができる。自己治癒力も上がるおかげで、自分達は度重なるカオティックジュエラーの襲撃にも対応できる」
「ドーピングじゃないですか⁉」
「そうとも言う」
そんなことしてたのジャスオダ⁉ 思わず力の限り突っ込んでしまった。
えっそんな怪しいコスモスエナジーとやら、飲んでも大丈夫なんだろうか。不安しかない。普通に怖い。
「先日、柳くんと朱堂がイミテーションズに襲われた時、朱堂はこれを飲むのを忘れたせいで余計なダメージを負い、回復にも時間がかかっている。特に柳くんは桜ヶ丘と同じく女性なのだから、きちんと飲んだ方がいい」
「……りょ、了解です……」
その話を持ち出されると強く出られない私は、大人しく頷くより他はなかった。
黒崎さんは「よろしい」とばかりにまた頷いて、すたすたと壁の方へと近寄っていく。何もない、真っ白な壁だ。そのある一点を、彼はコンコンと拳で叩く。
その次の瞬間、四方の壁が一斉にバタン! と扉のように開く。息を呑む私の目の前には、数えきれないほどの、古今東西を問わないあらゆる武器が並んでいた。
じゅ、銃刀法違反……‼ と内心で悲鳴を上げる私に気付かず、あるいは気付いていてもスルーして、黒崎さんは笑った。
「さて、それでは始めようか。柳くんにもっともふさわしい武器を探そう。武器の扱いはジャスティスオーダーズの中では自分が一番慣れているからな、大船に乗った気でいてほしい」
その大船はレディ・エスメラルダにとっては泥船です、と言えるわけもなく、かくして黒崎さんによる武器選びが始まった。
黒崎さんが床を踵でコンコンと叩くと、その床から数体のマネキンがせり上がってきた。それを相手に頑張りましょう、ということらしく、私は黒崎さんにすすめられるがままに色々と武器に手を出した。結果。
「――――本当に向いていないんだな、きみは……」
一周回ってしみじみと感心したように頷かれ、私は顔を真っ赤にしてうつむいた。
も、申し訳ない……! っていやいや、申し訳ないとか思う必要はないと解っているのだけれど、なんかこう反射的に思っちゃうんですよ、すみませんねぇ!
黒崎さんは、本当にさまざまな武器の使い方を教えてくれた。他のジャスオダメンバーの武器である剣や槍やトンファー、ナックル、黒崎さん自身の武器である二丁拳銃までしっかりと丁寧に教えてくれたのだ。
だが、しかし。
「はっきり言っていいだろうか」
「ど、どうぞ」
「柳くんは、武器を扱うセンスがなさすぎる。コスモスエナジーを呑んだとしても、これでは対応できるかどうか悩ましいレベルだ」
うん、とこれまた感心したようにしげしげと見つめられ、私は遠い目になった。
そうですね、剣を振り回そうとすればすっぽ抜け、槍をかざそうとしたらマネキンではなく壁に突き刺さって抜けなくなり、トンファーでは自分の後頭部を打ち付けて涙目になり、ナックルでマネキンを殴ったら突き指をして、二丁拳銃ではあやうく黒崎さんを仕留めそうになりかけた。
そのほかに触らせてもらった武器も似たようなものである。昔っからお世辞にも運動神経がいいとは言えず、球技大会ではできる限りすみっこで大人しくしていたかったのが私だ。
ははははは、笑えない。我ながらびっくりするほど変わっていない。
「あの、やっぱり私、ジャスティスオーダーズには……」
「大丈夫だ」
「え」
「そう悲観することはない。誰にでも向き不向きはある。幸いなことにまだ武器は山とあるからな、自分と一緒に考えよう。これも何かの縁だ。最後まで付き合うぞ」
「…………………………ありがとうございます」
ぜんぜんありがたくないけれども、黒崎さんは悪くない。そう、全然まったくちっとも悪くない。
……の、だけれども。
黒崎さんが壁中の武器を前にして、「そうだ」といかにも思いついたとばかりに呟き、彼はその手を壁に伸ばした。ヒッと息を呑んでしまったけれど、気付かれなかったのは幸いだった。何せ、黒崎さんがチョイスしたのは。
「そうだ、いっそこの鞭なんてどうだろうか」
「む、鞭……⁉」
「ああ、試しにやってみてくれ」
「いや私、鞭は、鞭だけはちょっと……!」
「何事もやってみなくては解らないぞ? ほら、遠慮することはない」
遠慮してないです普通に断りたいだけなんです‼ と言いたくても言えるはずがないこんな世の中じゃぽいずん。
差し出されるがままに受け取った鞭を、えいやっとしならせる。私は馬鹿で運動神経も悪いので、ここでわざと鞭を下手に扱うことなんてできるわけもなく、手によ〰〰〰〰くなじむ鞭は、バシコーン‼ と、見事にマネキンを破壊した。私はどこまでも馬鹿である。
おお、と黒崎さんが感嘆の声とともに、ぱちぱちぱちと拍手してくれる。
「いいじゃないか。決まったな。それにしても鞭とは……」
ふ、と、黒崎さんは笑みを深めて、じ、と私を見つめてくる。だらだらと背中を冷や汗が伝う私に、彼は意味ありげにくつりと喉を鳴らした。
「レディ・エスメラルダも、鞭が得意だったな」
「あ、ああ〰〰〰〰、はい、そうですね! 偶然ですね‼」
そりゃ同一人物なのだから同じ武器が得意なのは当たり前だろう。黒崎さんの視線がなぜかとてもとても痛くて仕方がなかったけれど、とにもかくにもジャスオダとしての私の武器は、鞭に決定したのだった。
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